で、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百が、狐につままれたような面《かお》をして、岩倉三位の門前を、振返り、振返りながら退却に及ぶと、それと行当りばったりに、一つの団隊と衝突しました。衝突というわけではないが、危なく摺違《すれちが》って、見ると、これは穏やかならぬ同勢でありました。都合十人も一隊をなして、いずれも肩を聳《そび》やかし、一種当るべからざる殺気を漲《みなぎ》らして、粛々と練って来たのでありますが、その風体《ふうてい》を見ると、今の流行の壮士風、大刀を横たえたのが数名、それに随従する無頼漢風のが数名。先頭に立った一人が、恭《うやうや》しく三宝を目八分に捧げて、三宝の上には何物をか載せて、その上を黄色のふくさと覚しいので蔽《かく》している。
がんりき[#「がんりき」に傍点]の百が危なく体をかわす途端に、
「コレコレ、岩倉三位の屋敷はドコだ」
それが、あんまり粗暴で横柄なたずね方ですから、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百もいい気持がしない。顎《あご》を突き出して、唇を反《そ》らして、たったいま新知識の岩倉邸の門を、つまり顎で指図して教えてやると、先方は、ちょっと妙な面をしたが、相手にせず、すぐさま立て直って、がんりき[#「がんりき」に傍点]に顎で教えられた通り、門をめざして粛々と繰込んで行きます。
がんりき[#「がんりき」に傍点]は、御大相な奴等だ、いったい何をかつぎ込むのかと、一行の後ろ影を見送っていましたが、はっと気のついたことは、そうだ、そうだ、うっかり釣り込まれて、本職を忘れていたわい。
こっちは、中納言様、中納言様と下手《したて》にばっかり出て来たが、あいつらは、岩倉三位、岩倉三位と、大きそうに出やがって練込んで行くが、結局、帰《き》するところは一つで、東西きっての大賭場が開けるというその貸元をたずねて行く奴なんだ。こっちの符牒《ふちょう》が間違っているから、グレ通しだが、おいらと同じ目的のため、ああして乗込んだにちげえねえ。こいつぁ、うっかり口をあいて見ているばっかりの場合でねえぞ。あの尻尾をつかまえてやれと、百は早くもそこを合点したものですから、忙がわしく米友に向って、
「兄さん、おいらが、きっと突留めて来るからお前、そこんとこでひとつ待っててくんな、首尾がよければ、あの門の前で手を挙げるから、この手が挙がったら、お前、物言わず門の方へやって来てくんな」
こう言って、米友を小蔭に休らわせて置いて、自分は抜からぬ面で、いま顎で教えてやった一行の後をくっついて、再び岩倉三位の邸前まで取ってかえしたものです。
十六
そうして、動静《ようす》いかにと窺《うかが》っていると、この物々しい一行は、玄関へかかると、恭しく、先手が承って捧げた三宝を式台に置き、おごそかにその錦の覆いを払って、それから、一同はこれより三歩さがって、土下座をきりました。
「岩倉三位殿に献上!」
「岩倉三位殿に献上!」
こう言って、土下座をきって跪《かしこ》まった一同が、異口同音に呼ばわったかと思うと、そのまま突立ち上り、踵《きびす》を返して、さっさともと来し門外へ取って返すものですから、ここでも、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百が、すっかり拍子抜けがしてしまいました。
これは、てっきり、こちとらと目的を同じうした東西のお歴々、壺振、中盆《なかぼん》、用心棒、の一隊と見て取って、直ちに諒解があって、玄関へ通されるか、裏手へ廻されるか、こっちの方もそれに準じてと、固唾《かたず》を呑んでいると、案に相違して、かくの如く、献上物を捧げっぱなしにしたままで、さっさともと来た道へ帰ってしまう。賭場の仁義にこんなことはない。
そもそも、献上物ならば献上物のように、捧げる方ばっかりの片仁義というのはなく、受ける方にも相当の応接がなければならないのに、置きっぱなしの献上物というのが、どだい礼儀に叶《かな》わねえ、いってえ、何を献上に来やがったのかと、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百が、二つの眼を使いわけて、その玄関の式台に置据えられた三宝の上の錦のふくさと覚しいのを払った献上物というやつの現物を一眼見て、この野郎がまたしても、三斗の酢《す》を飲ませられたような面をしました。
「えッ……」
何だ、何だ、何だてえんだ、ありゃいってい、人間の片腕じゃあねえか、イヤに当てつけやあがるぜ、人間の生腕《なまうで》が一本、三宝の上に置いてあるんだぜ、いってえ、何のおまじねえだ、当てつけるなら少々お門違いのようなものだが、あいつらの言った今の口上は、「岩倉三位殿に献上!」「岩倉三位殿に献上!」と吐《ぬ》かして、決して、「がんりき[#「がんりき」に傍点]の百様へ進上!」「がんりき[#「がんりき」に傍点]の百様へ進上!」とは聞え
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