らが、種をわければ男と女、この二つに限ったものでげす。すなわち男でない人間は即ち女、すなわち女でなければ即ち男、というわけで人間の区別には、この二色しかござんせんよ、たまにゃ、ふたなり[#「ふたなり」に傍点]なんていうのがあるが、あれは出来そこないなんで、本来は有るものじゃございません。ところで数というものも、天地の間に、丁と半とこの二つだけに限ったもので、それを当てるのが即ちバクチの極意《ごくい》なんでございますねえ」
 がんりき[#「がんりき」に傍点]が講釈をはじめました。これは驚くべきことで、手の人、足の人であったこの野郎は、今晩は口の人に転向してしまって、まかり間違えば、ここでもお喋り坊主の株をねらう奴が、やくざの中から現われようとは、ところがらとはいえ、ふざけた野郎と言わなければならぬ。これを、
「ふん、ふん」
と聞いているから、この手のふざけた野郎が、いよいよいい気になって、
「さあ、これは数の取引でござんすが、今度は物でござんすよ、この賽っ粒というやつが、バクチの方では干将莫耶《かんしょうばくや》の剣《つるぎ》でござんしてな、この賽粒の表に運否天賦《うんぷてんぷ》という神様が乗移り、その運否天賦の呼吸で黒白《こくびゃく》の端的《たんてき》が現われる」
「大したものだ!」
 関守氏が気合を入れたもので、がんりき[#「がんりき」に傍点]がいよいよ乗気になり、
「ごらんなせえな、額面が六個あって、一から六まで星が打ってある、一をピンとも言い、六をキリとも申しやす、さてまたこのピンからキリまでに、天地四方を歌い込んで、一|天《てん》、地《ち》六、南《なん》三、北《ほく》四、東《とう》五、西《せい》二とも申しやす、まずこの六つの数を、丁と半との二種類に振分けること前文の通り、丁てえのは丁度ということで、ちょうど割りきれる数がとりも直さず丁、割って割りきれねえ半端《はんぱ》の出るのが半――つまり一《ピン》は割りきれねえから半、二は割りきれるから丁、三が半で、四が丁、五が半ならば六が丁、という段取りなんで、おっと待ったり、このほかに五の数だけはごと言わずにぐと申しやす、五《ぐ》の目《め》というやつで――こうして置いて、この賽ころを左の手にこう取って、右に壺をこう構える、手が足りねえから恰好《かっこう》がつかねえ、旦那、その湯呑を一つお貸しなすっておくんなさい」
と言ってがんりき[#「がんりき」に傍点]は、炉辺に飲みさしの関守氏の九谷の大湯呑に眼をつけました。
「よし来た」
 関守氏は異議なく、その茶がすを湯こぼしに捨て、がんりき[#「がんりき」に傍点]の前へ提供してやると、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百は、左手に隠した四個の小賽を、左の耳元で、巫女《みこ》が鈴を振るような手つきに構えたが、関守氏は、その構えっぷりを見て感心しました。

         十一

 こいつ、ロクでもねえ奴だが、さすがにその道で、賽を握らせると、その手つきからして、もう堂に入ったものだ。
 四粒の天地振分けが、その中に隠れているのか、いないのか、外目《はため》で見てはわからない、軽いものです。もとより商売人の賽粒のことだから、軽少を極めて出来たものには相違ないが、それにしても軽過ぎるほど軽い、その手つきのあざやかさに、関守氏がある意味で見惚《みと》れの価値が充分ありました。
 そこで、耳元で振立てると、はっと呼吸が一つあって、振一振、左の小手が動いたかと見えると、天地振分けを四箇《よっつ》まで隠した五本(?)の指がパッと開きました。その瞬間、四粒の天地は、早くも五倫の宇宙から、壺中《こちゅう》の天地に移動している。つまり、はっという間に四つの小粒が、今し関守氏から借り受けた湯呑の中へ整然として落着いているのです。これまたその手つきのあざやかさに、またも関守氏の舌を捲かせ、
「うまいもんだ」
と言って、思わず感歎すると、がんりき[#「がんりき」に傍点]は、こんなことは小手調べの前芸だよと言わぬばかりの面をして、
「本来は、この壺皿を左の手にもって、右で振込むやつをこう受取るんでげすが、手が足りねえもんですから、置壺《おきつぼ》で間に合せの、まずこういったもので、パッと投げ込む、その時おそし、こいつをその手でこう持って、盆ゴザの上へカッパと伏せるんでげす、眼に見えちゃだめですね、電光石火てやつでやらなくちゃいけません」
 左で為《な》すことを右でやり、右で行うことを、また引抜きで左をつかってやるのだが、一本の手をあざやかに二本に使い分けて見せる芸当に、関守氏が引きつづき感心しながら、膝を組み直し、
「まあ、委細順序を立ててやってみてくれ給え、ズブの初手《しょて》を教育するつもりで、初手の初手からひとつ――いま言ったその盆ゴザというのは、いったいど
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