んだろう、フリにこっちとらが行ったって歯が立つめえがなあ」
と、いささかゲンナリしたのは、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百に、中納言は少し食過《しょくす》ぎる。中納言の方でも、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百などはあまり食いつけまい。そこで、百が、つまり位負けがしてしまった様子を不破氏が見て取って、
「中納言だからって、そんなに慄《ふる》えるこたあねえぞ、百五十石の中納言様だ」
と言って聞かせました。
「百五十石でげすか、位は中納言で、お高が百五十石でげすか、そんなこたあござんすまい、そりゃあ間違いでござんしょう」
「間違いではない、摂家筆頭の近衛家《このえけ》だって、千石そこそこだ」
「セッケはそうかも知れませんが、中納言様が百五十石なんてえな受取れねえ、水戸も中納言でござんしょう、三十五万石でげすぜ、仙台も中納言でござんしょう、六十四万石でげすぜ、百五十石ではお前さん、馬廻りのごくお軽いところじゃがあせんか、そんなはずはございませんよ、おからかいなすっちゃ罪でござんすぜ」
「からかうわけではないが、まあ、そんなことはどうでもいいから、行ってみろよ、そのトバへ。とても面白い面が集まるんだそうだ、全国的にな。全国的にそのトバへ面の変った鼻っぱしの強いバクチ打ちが集まって、ずいぶんタンカを切るそうだ。だから、行ってみな、変った人相を見るだけでもためになるぜ。手前も甲州無宿のがんりき[#「がんりき」に傍点]の百とやら、相当啖呵の切れる男じゃねえか、なにも中納言と聞いて、聞きおじをするような柄でもあるめえ」
 不破氏に、こんなふうに油をかけられて、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百がまた躍起となりました。
「ようがす、行きますとも、そう聞いて後ろを見せた日には、甲州無宿が廃《すた》りまさあ、一本だけ不足だががん[#「がん」に傍点]ちゃんの腕のあるところを、その洛北岩倉村というので見せてやりてえ、さあ出かけましょう」
 ここで、張りきって力み返ったのは現金なものです。
「まあ待て、今からでは遅いから、今晩は泊って明日」
 この時、もう日の暮れ方で、関守氏は炉辺の火を取って、座右の行燈《あんどん》に移し入れました。

         十

 逸《はや》るがんりき[#「がんりき」に傍点]を控えさせて置いてから、不破の関守氏は、醍醐から帰ったはずの女王様の御機嫌伺いにと本邸の方へ伺候《しこう》しましたが、ほどなくわが庵《いおり》へ戻って来てから、改めて控えのがんりき[#「がんりき」に傍点]を呼び出して、わが庵の炉辺の向う際へ据《す》えつけ、さて言うよう――
「明日は、しっかりやってくれ、がんりき[#「がんりき」に傍点]名代《なだい》の腕を上方衆に見せてやってくれ、頼むよ。時に、その前戦《まえいくさ》の小手調べに、ひとつそのバクチというやつの本格を、拙者に見せてくれまいか。拙者通俗の概念というはあるが、実際の経験というはない、予行演習をひとつこの場で見せてもらえんものかなあ」
「合点《がってん》でござんす――ずいぶん、がんりき[#「がんりき」に傍点]の腕のあるところをお目にかけやしょう」
と言って、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百は、いま一方だけの手を懐ろの中に差し込んだと見ると、ズラリ引き出した自前の胴巻、それを逆さにふると、一つの小箱が飛び出しました。小箱の大きさ全長が一寸五分、幅が一寸足らず、関守氏が拾い上げて見ると、「下方屋」と書いてある。がんりき[#「がんりき」に傍点]が受取って、パチンとその小箱の合せ目を外《はず》すと、コロがり出した賽粒《さいつぶ》というものが大小四個。大小というが、その大なるも三分立方はなく、以下順次四粒、中なると小なるはそれに準じて、小豆《あずき》に似たような代物《しろもの》まであります。
「イヤに、ちっぽけな賽ころだねえ」
と関守氏が言う。百はそれをもとのように小箱に並べながら、
「これは商売人《くろうと》の懐賽《ふところざい》ってやつで、駈出しには持てません、さて早速ながら本文に移りますが、バクチというやつも、その種類を数え立てると千差万別、際限はねえんですが、まず丁半《ちょうはん》、ちょぼ一[#「ちょぼ一」に傍点]というやつがバクチの方では関《せき》なんで、それにつづいて花札、めくり、穴一《あないち》、コマドリ、オイチョカブ……そこで、丁半を心得ていれば即ちバクチを心得てるも同様というわけなんでげす。先以《まずもっ》て、物の数というやつは、たとえ千万無量の数がありましょうとも、これを大別して丁と半とにわける、丁でない数は即ち半、半でない数は即ち丁、世間に数は多しとも、この二つのほかに種はございません。これを人間にたとえて申しますてえと、人間の数は天の星の数、地に砂の数ほど有るにしましてか
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