ガ禅ヲ会《ゑ》スヤ
虚堂来也《きどうらいや》
半銭ニ直《あたひ》セズ
東海純一休
[#ここで字下げ終わり]
スラスラと読んでしまってから、慈姑頭を更に一倍振り立てて、
「諸方に一休の書と称せられるものが相当あるにはあるがね、あんまり感心しないよう。ところで、こいつはいいぜ、こりゃ、たしかに一休の書だよ。一休という奴ぁ、こういう字を書かなけりゃならねえ奴なんだ。これゃいいよ、句もなかなかいいよ。ただ、虚堂来也――素人《しろうと》はこれをキョドウと読みたがるが、いけねえよ、キドウと読まなくちゃいけねえ、ただこの虚堂来也がねえ、ちっとばかり小せえよ、道庵に言わせると、仏祖来也といきてえところなんだが、それはそれとして、この辞世の文句にもはじめてお目にかかるよ、一休名所図会(一休諸国物語の誤りならん)にも、辞世の句というのがいくつも出ているが、この文句は無《ね》え、名所図会のがニセ物で、これがホン物だ」
と言いました。道庵が多少ともに物を賞《ほ》めるということは、極めて少ない中のこれもその一つでございました。
そうしているうちにも、お雪ちゃんの容体を見てやる親切は変りません。脈をとることになると忠実なもので、商売柄、健斎老を啓発することも少なくはありません。それから、健斎老が道庵に感心していることの一つは、そのふざけた中に、まじめな研究心が少しも衰えていないということです。見るもの、聞くもの、みんな箸《はし》をつけずには置かない、箸をつければ、みんな食ってしまわなければ置かない、という知識の貪食《どんしょく》ぶりには、遠近四方、敬服せざるを得ませんでした。
しかし、うっかり敬服ばかりしていると、その次があぶない。一夕《いっせき》、道庵の声名を聞いて、京から名酒を取寄せて贈り越したものがあって、
「この地は、お茶にかけては日本一ですが、お酒の方はそうはゆきませんが、ここらあたりは少し飲めるかも知れません」
道庵がその尾について、
「なるほど、お茶は、この界隈が宇治茶の本場だが、酒もどうして、なかなかばかにできねえ、いったい、上方は酒がよろしい、日本一のお茶も結構だが、日本一の酒は飲みてえな」
それを言うと、土地の人が、
「では、近いうち、その日本一の酒というのを飲ませて進ぜましょう」
「そいつは耳よりだぜ、いったい、池田、伊丹《いたみ》なんぞと、大ざっぱに名乗りは聞くが、さあ、どれが日本一だと聞かれたら上方でも困るだろう、道庵も人に聞かれて、その点、常にいささかテレている、今度という今度は、ひとつ、京大阪の酒という酒を飲み抜いて、道庵先生御推賞、日本一という極《きわめ》をつけて帰りてえものだ」
「いや、それは先生を煩わすことなく、もう出来ておりますよ、日本一の酒という極めつきは……」
「おやおや、道庵の承認なしに酒の日本一をきめるなんて、不届な話だ、万一、道庵が不服を唱えたら、どうするつもりだろう、一番そいつの再検討をしてみてえ、その日本一の極めつきの酒というのは、いったい、なんという酒で、ドコから出ますねえ」
「これより少々南の方、河内の国の天野酒、これが日本一という定評《きわめ》になっております」
「うむ――河内の国の天野酒、聞いたことのある名だ、これはひとつ、道庵が再吟味をする必要がある」
と言って、その翌日、飄々《ひょうひょう》として出かけて帰らないところを見ると、河内の国までのしたのかも知れません。
七十六
さて、江戸の方面に於ける軟派、鐚《びた》は鐚で、このごろ少し憂鬱《ゆううつ》になっている。
鐚としては、せっかくのヒットたる芸娼院の方も、開店休業の姿だから、なんとかせねばなるまいが、いやはや、手をつけてみると、そのややこしいこと、それで少々気を腐らせているという次第です。
芸娼の芸娼たる所以《ゆえん》のものを説いて聞かせても、世間はなかなかわかってくれない。とりあえず鐚の方へ持ちこまれた苦情のうちの一つに――
いやしくも芸と名のつく以上、ナゼ役者を入れない、芸人の王たる役者を入れないとはなにごとだ――と力んで来た!
それから、芸事の芸事たるめききというものは、その道のものがしなければならない、金茶や木口の輩《やから》が、御右筆《ごゆうひつ》の下っぱのおっちょこちょいを相手に、人選をするとは怪しからん。
と言って、膝詰めで来たものもあれば、ビタちゃんのお袖にすがって、ぜっぴ、お刺身のツマになりともありつきたい、と歎願に及んで来た奴もある。
その辺は、ビタちゃんだって心得たものなんだが、何を言うにもそれ、役者の方から言ってみるてえと、愚左衛門を入れれば、轟四郎《ごうしろう》が納まらないし、毒五郎をのけて戸団次に戸惑いをさせるわけにもいかねえ、そうなるとまた、土右衛門《つち
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