んぶんじょくれい》であったのだ、そこへ早雲が来て、この繁文縟礼の弊風を一掃してしまい、また苛税を免じて民力の休養をはかった、つまりこれで、うまく治めたのだ。徳川時代には、小田原附近から関八州へかけてが、全国中でいちばん地租の安いところであったが、これは全くの早雲の余沢《よたく》だ」
「それで、北条の亡んだ後に、徳川氏が駿遠参の故土から、この関八州へ移封されたのだが、もともと租税の安いところであったから、徳川氏の方では非常に迷惑だったのだ。太閤という男は、なかなかの狡猾者《こうかつもの》で、よくこの事情を承知しておりながら、いわゆる、その名を与えてその実を奪うの政策に出でたのだ。しかし、そこはさすがに徳川氏だ、少しも早雲の遺法を崩《くず》さず、従来の仕来《しきた》りに従って、これを治めたのだ」
「天下の富を以てして、天下の経済に困るという理窟はないはずだ、いにしえの英雄はみな経済のために苦心したよ。織田信長は経済上の着眼が周密であったから、六雄八将に頭《かしら》となり得たのさ。南朝の政治も、北朝の細川頼之の経済のために倒れたのだ」
「おれがはじめてアメリカへ行って帰った時に、御老中から、『其方《そのほう》は一種の眼光を具《そな》えた人物であるから、さだめて異国へ渡ってから、何か眼をつけたことがあるだろう、それを詳《つまび》らかに申し述べよ』とのことであったから、おれは、『人間のすることは、ドコへ行ったって、そう変るものじゃありません、アメリカだって御同様ですよ』と言ったが、再三再四、問われるから、『左様、アメリカでは、政府でも、民間でも、すべて人の上に立つ者は、みんな相当りこう[#「りこう」に傍点]でございます、この点ばっかりが、日本と反対のように心得ます』と言ったら御老中が眼を円くして、『この無礼者め、控えおろう』と叱ったっけ、ハハハハハハ……」
「支那人は、いったい気分が大きい、支那人は、天子が代ろうが、戦争に負けようが、ほとんど馬耳東風で、はあ、天子が代ったのか、はあ、ドコが勝ったのか、など言って平気である。ソレもそのはずさ、一つ帝室が亡んで、他の皇帝が代ろうが、国が亡んで他の領分になろうが、全体の社会は依然として旧態を存しているのだからノー」

         七十五

 かように天下有事、幕政維持か、王政復古かの瀬戸際――それに外国の難題が、攘夷《じょうい》か開国かで、怪奇ではないが、複雑を極めた間にあって、一歩あやまれば、社稷《しゃしょく》が取返しのつかないことになる。志士仁人が往来し、一般人心がおびえているうちに、広い世間には極めて暢気千万《のんきせんばん》な奴もあればあるもので、道庵十八文の如きその一人。
 且つまた、媚態百出、風向きのいい方へ便乗《びんじょう》しようと、色目の使い通しな不都合な奴もあればあるもので、鐚公《びたこう》の如きがその一人。
 さても、山城の国、綴喜《つづき》の郡、田辺《たなべ》の里に逗留の道庵先生は、健斎老の取持ちで、何もございませんがと言って、上方名物のよき酒に、薪納豆《たきぎなっとう》を添えて振舞われたものですから、大いによろこびました。これは酬恩庵名物の一休禅師伝来、薪納豆というものだと聞かされて、道庵がなっとう[#「なっとう」に傍点]しました。
 道庵は、この機会に、一休禅師の研究をはじめることになりました。道庵は、一休は話せる男だと思い、一休の方では、道庵は知らないと言っている。いずれにしても、酔眼に人なき道庵も、一休禅師には一目《いちもく》ぐらいは置いているらしい。これから大阪へ行って、ひとつ親類のお墓参りもしてやらずばなるまいと、酒の間に口走ったところを見ると、大阪あたりに親類などはなかるべきはずの道庵が、変なことを言うと思って、問いただしてみると、大阪に永富独嘯庵《ながとみどくしょうあん》の墓があるから、それをひとつ訪ねてやろうと思ってるんだよ、と言う。してみると、永富独嘯庵なるものは、道庵の親類筋に当るのかも知れない。
 それはトニカクとして、この機会に道庵は酬恩庵をおとずれて、古蹟をたずね、筆蹟を見て、しきりに慈姑頭《くわいあたま》を振り立てました。山陽の書を見てくれの、崋山《かざん》の画を鑑定しろのと申込んで来る茶人もいたが、そんなのは一切、道庵の眼中になく、一休禅師の筆蹟だけは相当丹念に見ました。一休自筆の「狂雲集」というやつも見て、しきりに首をひねったり、その末期《まつご》の書だというのをひろげると、
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須弥南畔
誰会我禅
虚堂来也
不直半銭
    東海純一休
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と書いてある。同行の者がちょっと読みなやんでいるのを、道庵はスラスラと読んでしまいました、
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須弥南畔《しゆみなんはん》
誰カ我
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