だから、何か仕くれえ[#「仕くれえ」に傍点]があったに違えねえ。おれも面白くねえから、あんまり大事にしてやらなかったが、やっぱり前の男と切れなかったのか、また別のをこしれえやがったのか、ああして追出《おんで》てしまやがって、その後は、さっぱり消息《たより》を聞かねえ、聞きてえとも思わねえし、聞きたくもねえのだが、ロクなことはあるめえよ、本木《もとき》にまさる末木《うらき》なしでなあ、人間、一ぺん夫婦となった以上は、どっちにどういう間違いがあっても、離していけず、離れていけねえ、間男《まおとこ》をしようとも、やくざをしようとも、そりゃ亭主の器量が足りねえんだとあきらめて、嬶は免《ゆる》してやることだ、一生可愛がってやることだ、おれはそう思うよ。あの時に、おりゃ、もう少し嬶を可愛がってやるんだっけ。苛《いじ》めもしなかったがな、面白くねえから、いい顔を見せなかった、朝晩いい面を見せられなけりゃ、女房は辛いよ、女房だけが悪いたあ言えねえ、亭主にそれだけの徳がねえから、女房が悪いこともするということになるんだ。だから、若い娘にはいい亭主を持たせてやりてえ、なるべく早く、なるべくいいところへ、物心のつかねえうちにかたづけてやるのが、年寄役のつとめなんだ、いい御亭主になれなかった罪滅ぼしに、おれは、せめていい世話人にだけはなってやりてえ。さあ、その手詰めの試験台があの娘だ、あの娘を罪滅ぼしの試験台に、おれは仲間での出雲の神様になりてえ、そうでなければ浅草の粂《くめ》の平内《へいない》だ、おれをふみつけ[#「ふみつけ」に傍点]さえすれば、男女の縁は結んでやる、とこういう功徳の神様になって、罪滅ぼしをやりてえもんだが、さて、その小手調べが、どうなるものかなあ」
七兵衛は、こういうことに思い耽《ふけ》って、早速明日から、この島のうちで、誰にあの娘を授けてやったらいいか、その品定めにとりかかろう、物好きな品定めではない、当りがついたら、いやおうなしに縁を結ばせて、あの娘の持主をはっきりきめてしまうのだ。
こういう心持で、船の中の乗組、船頭、水手《かこ》、楫取《かんどり》のすべての面を頭に浮べたが、どうも考えてみただけでは、これはと思わしい相手が思いつかない。あれは実直だが、老人だし、二十、三十の若い者があるのに、四十がらみの船頭にも持って行けないし、若いのをへたに選んだ日には、一方に恨みの種を蒔《ま》くようなものだし、はてさて、一同のうちに誰を見立てたものか、ほとほと七兵衛の頭が乱れます。
冗談じゃない、ではいっそ、七兵衛おじさん、お前の物にしちまったら……もともと、お前に授かったのじゃないか――全く冗談は言ってもらいますまい、第一、この坊主頭にてえして、そんなことができますかい、それに、今日まで男後家を立て通して来たといえば二本棒だが、聖人の道を守って来たこのおやじを、今となって人間道に引卸すなんては罪だよ、考えてもいけねえ、そういうことは口走るもんじゃねえよ、と七兵衛は自問自答して、厳粛に打消してしまったりしていましたが、一晩考えてみても、なんら目当てはつきません。
物事はそう取越し苦労ばっかりするもんじゃねえ、神仏がいいようにして下さらあ、縁は異なもの味なもので、人間業に行って行かねえやつなんだ、早い話が、甲府勤番支配駒井能登守が、この大海原の真中の離れ島の椰子の木の下で、おれの娘分のお松と出来合うなんていうことが、仏様だってあらかじめ御存じのある事じゃあるめえ、それと同じことに、あの娘だって、どうしようの、こうしようのと、おれがここでやきもき思ったからとて、どうなるものか、冗談は言いっこなし、いい年をして、そんなことができるかい、そんなことをしようものなら、みんなの示しがつくと思うかい、なに、駒井の親玉でさえもあれじゃないか、お前のはそれよりもっと素姓がいいんだぜ、村方総出で許されて来たんだぜ、あの時、村方の者が何と言った。
あの村のならわしで、いったん男に肌を見られた女は、もうよそへお嫁に行くことはできない。
村の昔からの習わしでございまして、娘のうちに、男に肌を見られたものは、どんなに身分が違いましょうとも、年合いが違いましょうとも、その男よりほかへは行ってはならねえことになっているのでございます、見たもの因果、見られたもの因果でございまして。
そういう習慣でございます、そうしてその娘は、あの場で、こちら様に、すっかり見られてしまったんでございますから、もう嫁にやるところもございません、婿《むこ》を取るところもございません。
それのみじゃございません、怪我にでも一人の女の肌を見てしまったものは、否が応でも、その女を自分のものにして、面倒を見なけりゃならねえおきて[#「おきて」に傍点]になっているのでございます、それをし
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