って、頭を上げた途端にこちらを睨《にら》んだ眼つきに、がんりき[#「がんりき」に傍点]が思わず慄《ふる》え上りました。
「これは飛んだ失礼――」
と、やみくもに頭を下げたのは、お爺さんなんぞと呼びかけてみたが、これはまだお爺さんというべきほどの年ではない、四十歳の前後でしょうが、その人相が、今まで見たことのないほどの異相を備えているということが、がんりき[#「がんりき」に傍点]をおびえさせたので、つまり威光に打たれたというような気合負けなのでした。見てみると、色が黒くて頭が人並|外《はず》れて大きい、そうして、その頭の結い方を見ると、武家にも町人にも見られない形。そうかといって、お公卿《くげ》さんのようでもあり、還俗《げんぞく》した出家のようでもあり、どうにもちょっと判断のつけようがない人柄ですが、その眼光の鋭いこと、人品におのずから人を圧する威力というようなものがあって、がんりき[#「がんりき」に傍点]の野郎などは一睨みで、危うくケシ飛んでしまいそうなところを危なく食いとめたが、食いとめてみると、「おどかしやがんない、やい」といったような反動で、こいつにひとつ、しつこく物をたずね返してやろうという気になったところが、がんりき[#「がんりき」に傍点]の意地です。そこで、
「ええ、少々ものをおたずね致したいんでございますが、この辺に中納言様のお屋敷てえのがございやしょうかねえ」
「中納言の邸《やしき》、知らん」
「その中納言様には用があるわけじゃございません、中納言のお邸で、何かお慰みが行われるそうでござんすが、それをひとつ御案内を願いたいものでござんす」
と猫撫声を逞《たくま》しうしたが、今度は手ごたえがありません。手ごたえの無いのは軽蔑してやがるんだ、癪《しゃく》なおやじめと、がんりき[#「がんりき」に傍点]はややかさにかかって、
「早い話が、そのお邸の中をお借り申して、関東関西のあんまりお固くねえ兄いたちが集まって、お慰みをやろうてえんでございますが、なんとお心当りはございますまいか」
「…………」
やっぱり、手ごたえが無い。そこで、がんりき[#「がんりき」に傍点]が意地になってなおも畳みかけて、
「ええ、手取早く申し上げちまえば、つまりその賭場が開けるんだそうで、そういう噂《うわさ》を、道中でふと承ったから、三下冥利《さんしたみょうり》にお尋ねしたようなわけ
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