き[#「がんりき」に傍点]からバクチ術の実地教授を受けて、丁半、ちょぼ一の何物なるかを、ほぼ了解しました。その間にも、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百はしきりに勇みをなして、明日の合戦|幸先《さいさき》よし、上方では初陣《ういじん》、ここでがんりき[#「がんりき」に傍点]の腕を見せて、甲州無宿の腕は、片一方でさえこんなもの、というところを贅六《ぜいろく》に見せてやる。
そういう心勇みで、しきりに浮き立っていたが、いいかげんにバクチのコーチも切上げて、はなれた控間で一睡を催すと、その翌朝、早くも宇治山田の米友と連れ立って、洛北岩倉村へと遠征に出で立ちました。
この場合、何のために米友が同行するかというに、それは言わずと知れた金の袋の運搬用のためであります。あえてがんりき[#「がんりき」に傍点]の百の随行というわけではない。
本来、米友としては、こんないけ好かない野郎との同行を好まないのです。
暴女王お銀様の尊大倨傲《そんだいきょごう》は快しとしない点もあるが、ドコか意気の合うところもあるし、なんにしても、女王と立ててあるところに寄留をしていれば、主人でないまでも、家主であるから、これに服従、と言わないまでも、頼まれればイヤとは言えない、行ってやるという気分にもなる。女軽業のお角に就いてはどうしたものか、ほとんど唯一と言ってよいほどに米友の苦手で、天下にこの女にばかりは頭が上らない。頭が上らない弱味はないのだが、それに押されて、この女に臨まれると身が竦《すく》むというのは、全くがらにないことで、米友自身にもナゼだかわからない。駒井能登守に対してさえポンポン啖呵《たんか》の切れる米友が、お角さんの一喝を食うと縮み上ってしまう。お角さんには、友公、友公と言って叱り飛ばされるけれども、道庵先生でさえが、友さん、友さんと立てなければ用を弁じないことが多いのに、お角さんばかりには無条件で御《ぎょ》せられる。それほどの米友だから、がんりき[#「がんりき」に傍点]の野郎を好まないのは勿論《もちろん》です。こんな、いけ好かない野郎のおともなどは以ての外、同行をさえ嫌っているのだが、今日はこの、いけ好かない野郎に同行するのではない、この金袋と同行するのだ。性のいい金か、悪い金か、それは知らないが、この金の行きどころは洛北岩倉村にあるので、山科光仙林に置くべきものではない、在《
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