と本邸の方へ伺候《しこう》しましたが、ほどなくわが庵《いおり》へ戻って来てから、改めて控えのがんりき[#「がんりき」に傍点]を呼び出して、わが庵の炉辺の向う際へ据《す》えつけ、さて言うよう――
「明日は、しっかりやってくれ、がんりき[#「がんりき」に傍点]名代《なだい》の腕を上方衆に見せてやってくれ、頼むよ。時に、その前戦《まえいくさ》の小手調べに、ひとつそのバクチというやつの本格を、拙者に見せてくれまいか。拙者通俗の概念というはあるが、実際の経験というはない、予行演習をひとつこの場で見せてもらえんものかなあ」
「合点《がってん》でござんす――ずいぶん、がんりき[#「がんりき」に傍点]の腕のあるところをお目にかけやしょう」
と言って、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百は、いま一方だけの手を懐ろの中に差し込んだと見ると、ズラリ引き出した自前の胴巻、それを逆さにふると、一つの小箱が飛び出しました。小箱の大きさ全長が一寸五分、幅が一寸足らず、関守氏が拾い上げて見ると、「下方屋」と書いてある。がんりき[#「がんりき」に傍点]が受取って、パチンとその小箱の合せ目を外《はず》すと、コロがり出した賽粒《さいつぶ》というものが大小四個。大小というが、その大なるも三分立方はなく、以下順次四粒、中なると小なるはそれに準じて、小豆《あずき》に似たような代物《しろもの》まであります。
「イヤに、ちっぽけな賽ころだねえ」
と関守氏が言う。百はそれをもとのように小箱に並べながら、
「これは商売人《くろうと》の懐賽《ふところざい》ってやつで、駈出しには持てません、さて早速ながら本文に移りますが、バクチというやつも、その種類を数え立てると千差万別、際限はねえんですが、まず丁半《ちょうはん》、ちょぼ一[#「ちょぼ一」に傍点]というやつがバクチの方では関《せき》なんで、それにつづいて花札、めくり、穴一《あないち》、コマドリ、オイチョカブ……そこで、丁半を心得ていれば即ちバクチを心得てるも同様というわけなんでげす。先以《まずもっ》て、物の数というやつは、たとえ千万無量の数がありましょうとも、これを大別して丁と半とにわける、丁でない数は即ち半、半でない数は即ち丁、世間に数は多しとも、この二つのほかに種はございません。これを人間にたとえて申しますてえと、人間の数は天の星の数、地に砂の数ほど有るにしましてか
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