らないのですか、帰りたく思いませんか」
「帰らないと断言はできないねえ。しかし、ここまで乗り出して来た以上は、こっちで相当成功して、向うの妻子をこっちへ呼び寄せたいという希望の方が先だねえ。だから、この無人島が永住の地だとも思っていないよ、ここへ足がかりが出来たら、この先の方には大陸があって、そこには日本よりも何倍も開けた国があるのだから、そっちへ行って、第二の山田長政となることも愉快だと思っている」
「僕も、そういうことを考えています、僕はそんな開けた国よりも野蛮人のウンといるところへ行って、そいつらをみんな征服して、王になりたいです、こんな無人島では物足りないです」
こんな話をしていたが、やがて、むっくりと跳び起き、裸のままで二人は椰子林の中を歩き、己《おの》れの小屋へと帰りに向ったが、椰子の林の中のとある木蔭に、小さな人影が一つ、うずくまっているのを見ました。
「ああ、金椎だ」
と言って、二人は遠のいて避けて通るようにしましたけれども、避けなかったところで、相手は気がつくはずもなかったのです。
「相変らず、イエス・キリストを信じているよ」
と田山白雲が言いますと、柳田平治が、
「ちぇッ、キリシタン!」
と、噛《か》んで吐き出すように言いました。
底本:「大菩薩峠20」ちくま文庫、筑摩書房
1996(平成8)年9月24日第1刷発行
2002(平成14)年2月20日第2刷発行
底本の親本:「大菩薩峠 十二」筑摩書房
1976(昭和51)年6月20日初版発行
※疑問点の確認にあたっては、「中里介山全集第十二巻」1971(昭和46)年7月30日発行を参照しました。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:原田頌子
2004年5月20日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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