人間の声にも、有位有声と、有位無声とがありますが、前者を十一位に分つと後者が四位、これを宮商角徴羽《きゅうしょうかくちう》に分けてすべての音声を十五位に分類する、これを律呂《りつりょ》という、十五位は十五声にして一声、一声にして全声なるものです。御承知でしょう、この外を流れる川に、呂の川と、律の川とがあります、この律と呂の川を溯《さかのぼ》って行きますと、そこに音なしの滝というのがあるのです、百声万音は律呂に帰し、律呂は即ち音なしに帰するというのが声明の極意なのです、そうして日本に於ける声明の総本山は即ちこの寺なのです、大日本の魚山《ぎょさん》はこの大原のほかにありません」
「ギョサンですか、ギョサンとは、どういう字を書きますか」
「魚という字です、サカナという字です、魚の山と書きまして、天竺《てんじく》、即ち印度《インド》では霊鷲山《りょうじゅせん》の乾《いぬい》の方《かた》にあり、支那では天台山の乾の方、日本ではこの比叡山の乾、即ち当山、大原来迎院を即ち魚山というのです、慈覚大師|直伝《じきでん》、智証大師|相承《そうじょう》の日本の声明の総本山なのです」
 声明の博士が、季麿青年を相手に諄々《じゅんじゅん》として、こういうことを語り聞かせ、おたがいに夜の更くるを知らない時分に、不意に戸を叩く音がありました。
「御免下さりませ」
「どなたですか」
「はい、わたくしは、東国|安房《あわ》の清澄山から出て参りました、弁信と申す小坊主でございます」
 博士と、秀才と、二人の談論|酣《たけな》わにして倦《う》むことを知らないこの場へ、さしもの広長舌のお喋《しゃべ》り坊主が一枚加わったのでは、その舌端を迸《ほとばし》る滝津瀬《たきつせ》の奔流が、律呂の相場を狂わすに相違あるまいと、知る人は色を変えるだろうが、幸いに内なる二人は、弁信の何者であるかをまだ知りませんでした。

         七十二

 魚山の来迎院に、声明の博士と、季麿秀才とを驚かした弁信法師は、座に招ぜられると、案外に慎しみ深く、簡単に来意を述べました。
 ごらんの通りの盲目の身、東夷東条の安房の国、清澄の山を出でてより幾年月、世を渡るたつきとしては一面の琵琶、覚束ない音締《ねじめ》に今日まで通して来たが、琵琶は最後の思い出に竹生島の明神へ奉納し、わが身は山科の光仙林にしばらく杖をとどめていたが、山科よ
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