ずだ、よし、ひとつ、その巣を見届けてくれよう。
神尾は、直ちに爪先を四国町の方へと向けました。なにかと面憎《つらにく》い薩摩屋敷へ、仕返しに行くのではない、見届けに行くのだ。
まもなく、その三田の四国町、薩州邸の表門を横目で睨《にら》んで神尾主膳――
「薯《いも》の奴め、蔓《つる》を延ばしたものだ、もとこの屋敷のこっち側は土佐の屋敷だったんだが、それを薩摩が併合しちまやがった、そうして、今やこの邸が江戸|攪乱《こうらん》の策源地となっている、退治しなけりゃいかん、公然たる強盗の巣窟を将軍の膝元で見過して置く法はない」
こう思って睨みつけてはみたが、神尾の力で、今どうしようというわけにもいかない。いまに見ろ、眼に物見せてやる時が来るぞ。
薩摩という奴、怪しからぬ奴だ。松平薩摩守で、徳川御一家待遇にあるのみならず、将軍とは切っても切れぬ縁組みの間柄であるのに、幕府を軽蔑しきっている。薩摩が増長しているというよりも、幕府の役人共に意気地がないからだ。幕府の上役共、何か大事が起ると、自分の力で決断し兼ねて、薩摩へ持込む。薩摩守がこうだと言えば、大抵はその方に事がきまる。歯痒《はがゆ》い。というのは、老中共が三家あたりへ押しが利《き》かない、そういう時は、薩摩守も同意でござる、と言うと、三家も屈伏するというていたらく。だからいよいよ薩摩を増長させる。このごろの増長ぶりでは、どうやら徳川家を倒して、次の天下を乗取ろうとは言語道断。いずれはこの邸からブッつぶしてかからぬことには、天下の見せしめにならぬわい。
そういうことを、神尾が心肝にこたえつつ、そこを引返して品川へ出ると、海岸の茶屋で、蛤《はまぐり》を焼かせて一杯飲みながら、海を見ると、さすがに気がせいせいするが、お台場を見ると、また癪《しゃく》だ。いったい、このお台場を外様《とざま》の大名に任せたということが、すでに徳川の名折れだ。痩《や》せたりとも、枯れたりとも、徳川の手で造り、直参の旗で固めなけりゃならん、と我々も若い時にがんばったものだが、幕府の力が足りない。この台場なんぞも、薩摩の力を借りてやり上げたものだ。
これが出来上った時に、薩摩守が、ぜひひとつ、老中の阿部伊勢守に見てもらいたいとのことで、伊勢守が大目附あたりをしかるべく召しつれて見に来た時には、薩摩の太守が門の表まで出迎えて、ていねいな挨拶だが、
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