の年齢調べを行ってみたいのでありますが、順序の不同と、一両歳の出入りは御免|蒙《こうむ》って、次に少々列挙してみますと、
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勝安房 四十四歳
大村益次郎 四十五歳
岩倉具視 四十二歳
西郷隆盛 三十九歳
大久保利通 三十七歳
木戸孝允 三十三歳
三条実美 三十歳
高杉晋作 二十九歳
伊藤俊輔 二十六歳
品川弥二郎 二十五歳
坂本竜馬 三十三歳
山内容堂 四十歳
徳川慶喜 三十歳
島津久光 五十歳
毛利元徳 二十八歳
鍋島閑叟 五十四歳
小栗上野 四十一歳
近藤勇 三十四歳
土方歳三 三十三歳
松平容保 三十二歳
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等々。
五十七
こうして、三傑が額を鳩《あつ》めて密談いよよ酣《たけな》わにして、いつ果つべしとも見えない時分、次の間から、恐る恐る三太夫の声として、
「申し上げます、只今、山科の骨董商《こっとうしょう》が参上仕りましたが、いかが取計らいましょうや」
「ははあ、来たそうだ、これへ通せ」
岩倉も、大久保も、諒解して、いま来訪して来たという山科の骨董商なるものを、この密談の席へ入れるらしい。してみると、その骨董商なるものも、只者ではないことがわかります。只者であった日には、この密談の席へ通されるはずはないと思われるが、しかし、事実はかえって天下の志士でなく、郊外の骨董商であるから許されるのかも知れない。この時分、もはや密談は終って、おのおの好むところの書画骨董の余談にうつり、その潮時に出入りの骨董屋が来たというので、無雑作《むぞうさ》にお目通りを許されたものとも見える。まもなく、三太夫に導かれてこの席へ姿を現わした山科の骨董屋なるものを見ると、これが意外にも光仙林の不破の関守氏であろうとは……
不破の関守氏というのは、前身が相当の曲者であってみると、さては、お銀様を説き立てて、名画名蹟の蒐集ぐらいでは芝居が仕足りない。洛北岩倉村へ集まる、この辺の役者を板にかけて、脚本の製作をたくらんでいるとすれば、こいつも大伴《おおとも》の黒主《くろぬし》に近いが、果して、さほどの大望を抱いて来たのか、或いは、山科の骨董商になりきって、このお邸《やしき》のお出入り商人たるを以て甘んじて御用伺いに来たものか、その辺はわからない。
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