丈夫、後ろのはまだ二十四五の一青年、二人ともに浪士ではなく、本格の、いずれかの藩の相当以上の利《き》け者らしいのが、馬上で颯爽《さっそう》としてここへ現われて来ましたが、献上隊の一行が路傍草間に銭を拾っているのを見て、
「何だ、何をしているのだ」
「なに、天下の宝を路傍に拾っているのか」
「ほほう、銭が降ったと見えるな、近ごろはエエじゃないかで天下にお札《ふだ》が降っている、ここばかり銭が降ったか」
 こんなことを言って、二人が英気凜々《えいきりんりん》として過ぎ行く後ろ姿を見ると、二人ともに、黒のゴロウの羽織に菅《すげ》の笠、いずれも丸に十の紋がついている。
 献上隊の一行が、いずれも銭拾いの手を休めて、いま過ぎ去った二人の武士の後ろ影を、つくづくとながめ、
「薩摩だな」
「うむ、あれは誰だか知ってるか」
「どうも、前のは薩摩の大久保市蔵らしいぜ」
「拙者も、そう思う、そうして、あとは長州の品川弥二ではないか」
「そうだ、たしかにそれに違いないぞ、薩長の注意人物が相携えて、岩倉三位訪問と出かけるからには、一嵐ありそうだ」
「だなあ、一番、様子を見てやろうじゃないか」
「見届けて土産物《みやげもの》にしようかなア」
 こう二人が言い合わせて、また腰をかがめて銭拾いの続演。
 これと引違いに、いま問題になった馬上の二人の武士。
 やっぱり、めざすところは岩倉三位邸の門でありました。
 そうして玄関にかかって言うことには、
「薩州の大久保でございます、岩倉三位は御在邸でございますか」
 その時に、玄関は開かず、中庭の枝折《しおり》が内からあいて、
「大久保君、よく来てくれた、まあこっちからお入り――」
と面《かお》を現わしたのは、さきつ頃、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百が垣根越しに一眼見て、危なくこの威光にカッ飛ばされようとした御本人――即ち岩倉三位その人でありましょう。綾の小袖の着流しで、手に手頃な鍬《くわ》を持って現われたのは引続いての庭いじり、いまだに鍬が離せないものと見えます。
「今日は品川君を連れて参りました」
「あ、それは、それは」
と岩倉三位は改めて、ジロリと同行の品川弥二郎を見ました。この空気によって見ると、岩倉と大久保の間は入魂《じっこん》になっているが、品川は初対面であるらしい。特に大久保が今日、品川を帯同して、岩倉に紹介がてら推参したものと思
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