ることを、ドコまでもやってみようという勇気を私は取ります。オーエンは失敗したけれども、イギリスからアメリカに渡って、このアメリカの土台を築き上げた人は失敗ではないだろう、成敗を以て事を論ずるのは末だ」
「そうです、何が成功で、何が失敗かということは、見る人の批判だけではわかりません」
異人氏は、深く議論をする気はなく、その辺で辞退しましたから、駒井甚三郎も、それを送って外へ出ました。
過ぐる夜に、月影を踏んで歩いた砂浜のあたりを、異人氏を送りながら歩いて行く駒井甚三郎は、異人氏が、どうしてもこの島を立退かなければならないならば、古舟を修理なさらずとも、こちらのバッテイラを貸して上げようと言いますと、異人氏は、それを辞退して、それには及びません、舟は手慣れたのがよろしい、いかに小舟で大洋へ乗り出しても、決して覆ることはないものだ、舟には心配はない、心配がありとすれば、食糧と気候の変化だけのものだが、それは天に任せるより仕方がない、というようなことを言う。
異人氏を程よきところまで見送ってから、駒井甚三郎は、また海岸を戻りながら、いろいろと考えさせられました。
事実に於ては、自分たちが来たために、あの異人氏を追い出したことになるのだが、異人氏は追い出されると思ってはいない。新人|来《きた》れば旧人去るのは当然の理法だと考えている。またそれが自分の自由だと考えている。こちらは気の毒千万とも思うけれども、先方は現在の旅から次の旅に移るとしか考えていない。満足から満足に向ってあさり進むとしか考えていないようだ。
のみならず、去り行く己《おの》れの影を哀《かな》しまずして、盛んなる我等の新植民をむしろ哀れなりとしている。斯様《かよう》な事業は必ず失敗なりと断言して憚《はばか》らないところも、また一見識だと思いました。
その一例として挙げてくれた、何といったかな、イギリスの、ロバート・オーエンと言ったかな、そういう人間の最近の失敗を述べたようだったが、くわしいことは聞きもらしたが、では、これからひとつそのオーエンなるものの伝記を研究してみよう。失敗とか、成功とかは論ぜず、トニカク空想を実行に移して、百折屈せざるの先例を見出すことは愉快と言わねばならぬ。イギリスという国が大きくなるのも、そういう人間を持ち得られるからだろうなどと、駒井がその時に考えました。
前へ
次へ
全193ページ中130ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング