人類であるか、或いは存外、君と平和に交り得る人種であるか、その辺の見当がつくまで、出発を保留して置いてはどうか、そうして、いよいよ危険と結論が出来たその時でも、立退きは遅くはあるまい、その担保として――これをひとつ君に預けて置こうじゃないか、これは我輩の唯一の護身武器だ、安全の保証だ」
と言って駒井甚三郎は、肩にかけていた鉄砲を取って、彼の前に提出し、同時にその帯革の弾薬莢《だんやっきょう》を取外しにかかると、
「いや、違います、違います、あなたの観察が違います、わたくしは、あなた方を怖れるのではないです、歴史を怖れるのです、東洋の人を、野蛮だの、好戦だのと軽蔑するほど、西洋の人は文明を持ってはおりません、大きな宗教、大きな哲学、大きな科学、みな東洋から出ました、今、西洋だけが文明開化のように見えるのは、それは表面だけです、西洋の文明開化は短い間の虹です、やがて亡びますよ、わたくしは、欧羅巴《ヨーロッパ》に生れたけれど、欧羅巴が嫌いです、それで、国々を廻ってこの島へ来たです、が、これから、ここを逃げ出して、またどこか自分のくらしいい土地を求めて行きます」

         五十二

 吃々《きつきつ》として、こういう釈明をする間にも、異人氏は小舟の修繕の手を休めない。銃器を取外した駒井は、そのやり場に苦しむような手つきで、ふたたびそれを持扱いながら、これと対した石の上に腰を卸して、異人氏の言うところを言いつくさしめようと構えている。異人氏は、ここまで来ると、必然の論理を通さねばならぬかの如くに、ねちりねちりと問わざるに答えるのである。
「欧羅巴《ヨーロッパ》の文明というものは間違っているです、蒸気が走り、電気が飛び、石炭が出る、機械がどよめく、それで、人が文明開化だといって騒いでいるだけのものです、蘊蓄《うんちく》ということを知らないで、曝露《ばくろ》するのが文明だと心得違いをしているです、陰徳というものを知らないで、宣伝をするのが即ち文明だと心得違いをしているです、ごらんなさい、今に亡びますよ、今に欧羅巴人同士、血で血を洗う大戦争をはじめて共倒れになりますから、わたくしは、そういうところに住むのが嫌いですから、もっと広い世界へ出ました」
「君は文明開化を否定している、人類の進歩というものを呪《のろ》っているらしい、それが欧羅巴の文明というものを究《きわ》め尽して
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