答えるくらいが落ちであるから、ここでそれを糾明《きゅうめい》するわけにはいかないが、ナンとその三井家のお嬢様に、ちょっとでもいいからお目にかかってお話ができまいものか。
 そういうところからさぐりを入れてみると、それはダメでござります、とても気位の高いお嬢様で、めったな人とはお会いになりませぬ、極々《ごくごく》親しい間の御家来衆でなければ、決して人をお近づけになりませぬ、宿におりましても、御主人様でさえお顔を見たものはござりませぬ、朝も、晩も、頭巾を召してはずさないほどのお方でござりますから。
 なるほど、気むずかしいには気むずかしいらしいが、朝に晩に頭巾を被《かぶ》ってはずすという時がないということは、長浜の見方と相一致する。
 さて、それではぶしつけにおしかけてもダメだ、さりとてしかるべき紹介を求めるよすがなどが、この際あろうはずがない、どうしたものかと兵馬も迷いましたけれども、いずれにしても、相手は妖怪変化《ようかいへんげ》ではない、胆吹から大江山へ飛んだ女賊童子の一味でもないし、正体も居所もすっかりわかったのだからと、この上は手段を尽して、面と相向ってぶっつかるばかりだ、相手が人間であってみれば、難事であっても不可能事ではない、ということに確信を持たしめられたことは喜ばしい。
 なんの、暴女王の暴女王たる正体を知りさえすれば、兵馬には昔なじみの人、まして兵馬に対してはすくなからぬ同情者の一人であり、兵馬の行動に同情者であると共に、その行動に、好意の妨害を試みていたほどの強情もの。甲州の有野村の女王であることに、何の不思議もないのですが、人というものは迷う時は方寸も千里の闇に似て、闇の中で摸索すればするほど正体を暗いところに押しやってしまう。この分で、正面から押せば押すほど遠くへ押しやるにきまっているが、どう考えてもこの際、押しの一手よりほかはないと兵馬の苦心焦慮した行き方も、また無理のないものがあります。光仙林の門のところまで来て、さて、これから堂々と門を叩いていいか、悪いかに惑いました。正面からぶっつかって、かえって後日のことこわしに落ちはしないか、ということも思案してみました。
 そこで、二の足を踏みながら、万一その女王が、外出でもする機会はないか、女王でないまでも、つかまえて物を尋ねるキッカケをつくってくれる御用聞のたぐいでもと、暫く、行きつ戻りつして
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