おびしめ》の色から、甲掛脚絆の外れから、惜しげもなくはみ出して見せるところに、七兵衛が思わず見とれて、そうしてまた思いました、
「ここにも娘盛りがいる、今はまだいいけれども、そのうちに、と言っているのでは遅くなる、何とかしなければならない、何とかしてやらなければならない、何とかするといっても、もう世界は限られているようなものだから、いずれは、この組の中の誰かに合わせてやらなければならない、そのうちに当人が誰を好くとか、誰ぞがぜひにとか望んで来るものがあるに相違ない、打ち出してそう言えないうちに、それを見てやらなければならないのは年寄の役だ、だが、危ないものだなあ」
と七兵衛が、年寄心で、それからそれと取越し苦労に耽《ふけ》って行く。
「危ないというのはほかではねえ、この国には男が多くて女が少ない、少ないというよりは、まだ男の数は、そうと、十三人を数えるけれども、約束済以外の女といっては、まあこの娘と乳母《ばあや》――は、これはもう一度卒業したんだから、明いているといえば明いているが、初物《はつもの》とは言えねえのだ、してみると、取引のできる女というのは、お喜代坊ひとりだけなんだ、十三人の男に一人の女、しかもそれが、はち切れそうな娘盛りと来ていちゃあ、これは只事じゃあ済まねえなあ、こいつ、この国での一番の考えごとだぜ」
 七兵衛の苦労は、そこまで及びましたけれども、それはただに取越し苦労ではない、火がそこまで燃えさかって来ているようで、おっつけ、この女の持主というものを確定してやらないことには、その暗黙の競争者で火花が散る。苦労人の七兵衛は、この問題を、島に於ける最初の、しかも最大の難問題のように思われ出してきました。
 競争者が出来た時に、一方に与えて一方に与えなければ、すぐに生命《いのち》がけの問題になる、ということを、苦労人の七兵衛が考えないわけにはゆきません。そうしてみると、今のうちに、すっかりこの娘の持主をきめてやって、他の者は手が出せないものだという観念を、みんなに持たせてしまわなければ事が遅い。これは考えている時じゃない、眉《まゆ》に火のついた問題だと、七兵衛はせき[#「せき」に傍点]立ちました。
 お松の方は、あれで大安心。いいか、悪いか、それは知らないが、もうあの女の運命はきまったから、あれは、これ以上に心配してやるがものはない。これからはこの娘だ、
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