てよく聞き、それから改めて、この室内を篤《とく》と見定めて、村正どんは相当、思い当るところがありました。
爛酔して寝ている人は、枕許に大小を置いている。その提《さ》げ緒《お》がかすかに肘《ひじ》の方に脈を引いている。それを見るとこの客は、帯刀のままに登楼した客である。この地の揚屋では帯刀のまま席に通ることは許されない。玄関に関所があって、婢共《おんなども》が控えて心得た受取り方で、いちいちこれを保管してからでないと、各室の席には通されない。それは貴賤上下に通じて、古来今日まで変らぬ、この里のおきて[#「おきて」に傍点]なのであるが――最近、そのおきて[#「おきて」に傍点]を蹂躪《じゅうりん》――でなければ、除外例の特権を作らせた階級がある。それは程近い壬生寺の前に住する東国の浪人、俗に称して壬生浪人、自ら称して新撰隊、その隊士だけは古来の不文律を無視して、帯刀のままでどの席へでも通る。当時、それを差留める力を持ち合わすものがない。そこで、この爛酔の客が、通常の客ではない、新撰組にゆかりのある壮士の一人か、或いは、それらの徒の招きでここへ押上ったものかに相違ない、という想定が、早くも村
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