かるかも知れませんが、私という女は、わからない女なのです」
「いや、わかり過ぎておいでになる――」
「いいえ、わかりません、わたしという人間は、天地間第一等のわからず屋でございます、それでいいのです」
 お銀様の言葉が少し癇《かん》に立ってきたので、弁信はまた病気が出だしたなと思ったのか、広長舌を食いとめて、深く触れることを避けた心遣《こころづか》いがあります。そこで、なにげなく話頭を一転し、語気を一層|和《やわ》らげて、
「それで、なんでございますか、あなた様の代りにお家をおつぎになる相続人、果してお父様のおめがねに叶うお人がありまするやら、その辺に立入っての御相談はございませんでしたか」
「ありました」
 お銀様は、きっぱり答えたので、弁信法師も少しくはずみました。

         十二

「そのお方はどなた様ですか、あなた様の御親戚のうち、或いはお知合いの方で、まずあれならばと思召《おぼしめ》すようなお心当りがございましたか」
「いいえ、ちっとも知らない人です、なんでも連れ子をして、このごろ家に居候《いそうろう》をしていた他国者なんだそうですが、それを見込んで父が親子養子にす
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