仕エルコト、諸親ヘムツミ、又ハ妻子下人ノ仁愛ノ道ヲ少シ知ッタラ、是迄ノ所行ガオソロシクナッタ、ヨクヨク読ンデ味ウベシ、子ニ、孫ニマデ、アナカシコ。
[#地から3字上げ]于時天保十四年寅年初於鶯谷書ス
[#地から1字上げ]夢酔道人」
[#ここで字下げ終わり]
 これで一巻を読み了《おわ》った時、上野の鐘が、じゃんじゃんと鳴るのを神尾主膳が聞きました。
 上野の鐘がじゃんじゃんと鳴るのは警報ではない、上野のじゃんじゃんは通り物になっているのですが、今日はそのじゃんじゃんが、神尾が耳に事有りげに響いて聞えました。
「覚王院に会おう、そうだ、あの院主を叩いて、ひとつ聞いてみようではないか」
 神尾が突然、巻を叩いて立ち上ったのは、じゃんじゃんの鐘の音につれて、何か急に思い当ったことがあるらしいのです。
 その口の端《は》に現わされたところを聞くと、「覚王院」とある。

         七十五

 その後の与八の生活は、極めて無事でありました。
 無事は安定を意味するので、安定なくして無事があり得ようはずはありません。安定は畢竟《ひっきょう》、土地を基調とするのでありまして、つまり、土地に居つ
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