おれのいろではあるまいし、おれもまずほかに女がいないではあるまいし、あいつに惚《ほ》れてもなんでもいるんではないが、いなくなると心がいらいらする、焦《じ》れて焦れてたまらない、しまいには血の気が頭に上って、「浮気者にも程がある、明朝帰って来たらただは置かぬぞ」という、物すごい気分にまで上ずって来ることもあるが、さて、朝になって帰って来て、「ねえ、あなた」なんぞとやられると、神尾の頭へ上った血が不思議にグッと下ってしまう。骨までぐんにゃりとされるような重し[#「重し」に傍点]がのしかかって、神尾は自分ながら、その甘ったるさ加減に腹が立つ。帰ったらブチのめしてもくれよう、次第によっては、親爺になり代って刀の錆《さび》にまでと意気ごんだものが、だらしない格好で、すましこんで、「ねえ、あなた――」とやられると、自分はどうにもはや、昔の「お坊ちゃま」にされてしまう。硬《かた》くて歯が立たないならいいが、搗《つ》きたての餅のように軟らか過ぎて歯が立たない。その度毎に、神尾は自分を歯痒がったり、腑甲斐《ふがい》ないと自奮してみたりする気になるが、さて面と向うと、どうにもならないのが癪《しゃく》だ。
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