百石となると、もう小身の部ではない、おれの分限にも近くなってくるし、当主という奴の身持が、おれの伝だ。他人のことにして見ると、歯痒《はがゆ》いばかりの馬鹿揃いだが、自分のことには、さっぱりお気がつかない――結局、この神尾主膳にも、誰も嫁のくれ手がなくておしまいだ。嫁さがしで江戸を構われただけではない、甲州まで行って、有野の娘でもしくじったわい。でも、この岡野とやらには、勝のおやじのような出しゃばり屋の千三式の肝煎《きもいり》が出来て、ひとまず成功したが、おれの方にはソンナのが現われなかった――
六十七
こうして顔を広くし、人の面倒を見てやっては男を売るというような立場になると、どのみち、行詰まるのは運動費だ。本来、金のなる木を持っているわけではなし、千三屋というものは、千に三つしか当らないわけのものだろう。当った時の儲《もう》けは、外《はず》れた数の損耗で、とうにさっぴきがついている。勝のおやじ、この経済の打開をどうするか。そこは神尾が今日までの体験の持越しで、今以てうだつが上らないのみか、ますます深みへ落ちて行く勘所《かんどころ》だ。それを、このおやじが最後ま
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