見損う。今となって、こういう行を平気で行い、出来ヌト云ウコトハナイモノダ――とホザくところはただののらくら者ではあり得ない。その悴《せがれ》の今の勝麟も、相当修行鍛錬したことを自慢にするそうだが、親父のそういういい方面ばかり真似たから、それで鳶《とび》が鷹《たか》を生むようになったのだろうと、神尾が考えました。それから次は、
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「地主ニ代官ヲ先代ヨリ勤メタ故、役所ノ跡ガアイテイル故ニ、水心子天秀トイウ刀鍛冶ノ孫聟《まごむこ》ニ水心子秀世ト云ウ男ヲ呼ンデ、役所ノ跡ヘ入レテ刀ヲ打ッタ、又、研屋《とぎや》ニ、本阿弥三郎兵衛ト云ウノノ弟子ニ仁吉ト云ウ男ガ研ガ上手ダカラ、呼ンデオレノ住居ヲ分ケテ、刀ヲ研ガシテオレモ習ッタ、ソレヨリ刀剣講トイウモノノ事ヲ工夫シテ、相弟子ヤ心易《しりあ》イニ出シテ取出立テ、秀世又ハ細川主税正義、並ビニ美濃部大慶直税、神田ノ道賀又ハ梅山弥曾八、小林真平、ソノ時代ノ刀鑑《かたなめきき》ヘ残ラズ刀剣講ヲ取立テヤッタガ、或日千住ヘ行ッテ胴ヲタメシタガ、ソレカラ浅右衛門ノ弟子ニナッテ、上段切リヲシテ遊ンダ、息子ハ御殿ヘ上ッテイルカラ世話ハ無カッタ、息子ガ
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