、なんらの触るるところがない、全く存在を眼中に置いていない話しぶりだったが、やっぱり、かれに同情すべくして、ここに同情なり難きおのれの身の上に引きくらべての利己心から出た恋愛の讃美に過ぎない。
さて、出家を遂げた重清は、それから紀州のなにがしの島とやらへ庵《いおり》を結んで、行いすましていたが、ある時、劇《はげ》しい疾病に取りつかれ、苦悩顛倒している枕許へ、官女朝霧の亡魂が鬼女となって現われ、重清入道を介抱して、その頭を撫《な》でると、さしもの病苦が忽《たちま》ち平癒した。わざわざ病気見舞に来るまでの親切があったなら、なにも鬼の面などをかぶらずに、素地《きじ》の※[#「藹」の「言」に代えて「月」、第3水準1−91−26]《ろう》たけた官女で、十二単《じゅうにひとえ》かなんぞで出たらよかりそうなものを、鬼に撫でられたんでは、入道もあんまりいい心持もしなかったろうけれど、利き目は確実にあったらしい。その功積って、重清入道も、朝霧の魂魄も、共に成仏し、末代その証《あかし》として、重清入道は死ぬ時には己《おの》れの頭を残すように言って置いたが、後世、その頭をここに祭って、あがめて鬼頭天王と申
前へ
次へ
全402ページ中187ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング