せん。引きつづいて米友が言うことには、
「てえげえの人は、この目で見る世界のほかに世界はねえんだ、目でめえ[#「めえ」に傍点]るもののほかにこの目で見《め》えねえものはめえ[#「めえ」に傍点]ねえんだ、ところが、弁信さんときちゃあ、眼がなくっても物がめえるんだから違わあな、それから、おおよその人は、この耳で物を聞くほかには聞けねえんだ、耳で聞けねえ音というものはありゃあしねえやな、ところが弁信さんときた日にぁ、耳がなくったって物が聞えるんだから大したものさ――弁信さんに逢っちゃあ敵《かな》わねえ」
とあっさり米友が甲《かぶと》を脱いだのは、この怖るべきお喋《しゃべ》りの洪水にかかっては受けきれないからしての予防線ではないのです。事実、米友は、弁信の見えざる世界を見、聞えざる音声を聞くことのかん[#「かん」に傍点]の神妙には降参している。
 さればこそ、この不具者《かたわもの》に先《せん》を譲って、自分が後陣を承って甘んじている。米友に言葉の上で甲を脱がせはしたが、さりとて弁信は少しも勝ち驕《おご》るの色を見せず、首の包物の結び目に手をかけながら、ちょっと米友を振返って、
「米友さん、提
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