、長いのが当りますように」
「あたし、籤のがれの神様がお立ちなさいますように」
「あたし、いちばん長いの、でなければ、その次の長いのを下さいますように、妙見様」
 こんなことを言いながら、一本抜き、二本抜き、とうとう十二本のこよりの籤が残らず、おのおのの舞子の手に渡りました。
「ああ、朝霧さんがいちばん短い」
「夕陽さんがいちばん長い」
 当座の運命の神様の手に捌《さば》かれた十二本の長短の順位は、おのおののがるべくもない。
 すでにのがるべくもないと自覚されてみると、いまさら愚痴と不平とは禁物であって、おのおのその運命に懸命の努力を以て追従せんとはする。
 そこで、最初に皮切りの、眼のすずしい、丸ぼちゃの口から、アラビヤンナイトの第一席がはじまろうとする。
「ずっと昔のことよ、ずっと昔と言っても、桃太郎さんや花咲爺さんの時分ではないこと、それから比べると新しいわね、もう何年ぐらいになるか知ら、五年ぐらいでしょう、その時分にあの御簾《みす》の間《ま》のお部屋で大変があったとさ」
「どんなに大変だったの」
「いいから、話さないで頂戴、それからさき聞くこといらない」
と言って、ついと立ち上ったのは一番籤を引いた、朝ちゃんという子でありました。
 同じコワイ思いをするくらいなら、耳をふさいで、眼をつぶって立った方がいいと思ったのでしょう。これから進行する会話によって、怖い思いの加速をさせられるよりは、聞かないで、無我夢中で、ぶつかってみた方がよい、と朝ちゃんは花籠を宙にさげ、清水《きよみず》の舞台から飛んだつもりで、廊下伝いに飛び立ってしまいました。
 果して、この初一番の花籠を、御簾の間の床に置いて来られるか、あるいは途中で棄権して逃げてかえって来るか――待っている十人の子供は固唾《かたず》をのんで、さて、自分の番に廻って来ることの予感が高まるから、うっかりと評判をすることもできません。

         二十二

 村正のおじさんは、にやにやとして、懸賞金の目録の追加をこしらえようと、紙入を取り出していると、かたこと[#「かたこと」に傍点]と廊下を歩む朝ちゃんの足音、しばらくは聞えていたのですが、それが聞えなくなって、ほんの少しの間、
「キャッ」
という声が、その方面で起ったものですから、こちらの同勢が聞いて、震え上って、また、
「キャッ」
と叫びました。
 向うは、何かに驚かされたか、そうでなければ、疑心暗鬼にやられたものに相違ないが、こちらは、無事なのに、ただ先方が「キャッ」と言ったから、電流に打たれたように、それに反応して「キャッ」と叫んだまでです。舞子たちは、それと共に重なり合って動顛《どうてん》したけれど、村正のおじさんは結句おもしろがって、
「何か出たか」
「朝ちゃんがキャッと言いました」
「何か出たな」
「怖い……」
 その押問答のうちに、息せき切って、ほとんど命からがらの体《てい》で逃げかえって来たのは、いま出て行った朝ちゃんです。
「どうしたの?」
「何が出たの?」
「出たの?」
 でも、そこへ来ると、気絶して水を吹きかけなければ正気の取戻せないほどではありませんでした。寄ってたかっていたわると、朝ちゃん、
「ああ、しんど」
「どうしたの」
「あの御簾の間のお座敷に幽霊がおりました」
「幽霊が――」
「あい」
「幽霊が何をしていた」
「御酒《ごしゅ》を召上って」
「酒を飲んで?」
「はい、九重太夫様を殺したあのお武家の幽霊が、たしかにいたのよ」
「そんなはずはないよ」
「いたわよ、行ってごらんなさい」
「それは行燈《あんどん》の変形だ、枯薄《かれすすき》を幽霊と見るようなものだ、では、だれか行って見届けておいで」
 村正のおじさんは、改めて一座を見廻したけれども、こうなると誰あって、進み出でようとするものはない。聞いただけで、唇を紫にして、本人の朝ちゃんよりも昂奮した恐怖に襲われている子さえある。
「では、みんなして揃《そろ》って行って、あらためて見て来てごらん、今時、お化けだの、幽霊だのなんていうものがあろうはずはない、提灯《ちょうちん》か、行燈か、襖《ふすま》の絵でも見ちがえたのだろう、そうでなければ、まかり間違って、誰か、あたりまえの人が、あたりまえに酒を飲んでいただけのものだろう、みんな揃って、たしかに見届けておいで」
 それでも、我れ行こうというものがない。
「そんなに言うなら、おじさん、自分で行って見てごらん、もしお化けがいたら、その村正の刀でやっつけておしまいなさい」
「それがいいわ、おじさんをおやりなさい」
「おじさん、ひとりで行って、調べてみてごらんなさい、そうすれば、わたしたち、あとから揃って見分《けんぶん》に行くわ」
「さあ、おいでなさいよ」
「弱虫!」
「村正のおじさん、腰が抜けたわよ
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