やして、首尾よく仰せつけ通りの胆吹の山寨《さんさい》へかけつけやして、例の青嵐の親分にお手紙のところをお手渡し申しますてえと、そこへもはや[#「もはや」に傍点]一揆が取詰めて来ようという形勢で、このままに捨てて置けば、この山寨は残らず占領の、家財雑具は挙げてそっくり盗賊のために掠奪てなことになりますから、さすがの胆吹御殿のつわもの[#「つわもの」に傍点]共も顔色はございません、ところが、青嵐の親分とくるてえと、さすが親分は違ったもので、ちっとも騒がず、計略を以て一揆の大勢を物の見事に退却させてしまいました、全く軍師の仕事でげす、わが朝では楠木、唐《から》では諸葛孔明《しょかつこうめい》というところでござんしょう」
 手紙をひろげて立読みをしながら、がんりき[#「がんりき」に傍点]の言葉を等分に耳に入れている不破の関守氏は、
「御大相なことを言うなよ。だが、百姓一揆の颱風《たいふう》は、胆吹御殿をそれてどっちの方へ行った」
「まあ、お聞きなせえ、一揆の大勢がいよいよ胆吹御殿をめがけて、一揉《ひとも》みと取りつめて参りますその容易ならざる気配を見て取ったものでげすから、このがんりき[#「がんりき」に傍点]が、このところに御座あっては危うし危うしとお知らせ致しますと、青嵐の親分は心得たもので、直ちにりゅうとした羽織袴に大小といういでたち、今こそ浪人はしながらも、さすがに二本差した人の人柄は違いますな、そのりゅうとした羽織袴に大小でもって、御殿に有らん限りの金銀米穀を大八車の八台に積ませましてな、エンヤエンヤで景気よく一揆軍へ向けて乗込ませました、つまり、買収、もしくは懐柔というやつなんでげすな、これこの通り金銀米穀をお前たちに取らせるから、胆吹山を攻めるのはやめろ、攻めたところで、新築の建前が少々と、新田が少しあるばっかりだ、行こうなら諸国大名の城下へ行け、三十五万石の彦根へ行け、五十五万五千石の紀州へ行け、大阪へ出たら鴻池《こうのいけ》、住友――その他、この近国には江戸旗本の領地が多い、新米《しんまい》の胆吹出来星王国なんぞは見のがせ見のがせ、とこういう口説《くぜつ》なんでげして、その策略がすっかりこうを奏したと思いなせえ」
「なるほど」
 不破の関守氏は、手紙よりは会話の方に向って少しく等分が崩れる。がんりき[#「がんりき」に傍点]は相変らず、自分の功名をでも吹聴《ふ
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