手渡しを致して参りました、同時に、あちらの親分からこちらの親分へ、この通り、お消息《たより》を持参いたして参りました」
「親分親分言うなよ、人聞きが悪い、ああ、これがその青嵐氏からの返事――十四日|亥《い》の時、なるほど早いものだなあ、その足は」
「いいえ、もう疾《と》うに、昨夜のうちに、こちらまで参上いたしたんでげすが、つい、御門前がやかましいもんですから、今朝まで遠慮いたしやしてね」
「何も昨晩、この門前が格別やかましいこともなかったはずだ――ははあ、あの犬だな、今日の明け方、犬が吠え出したのが不思議だと思ったら、貴様がやって来たんだな、ああ、それでわかったよ、それそれ、それで犬が吠えたんだな、犬がこわくって、今まで近寄れなかったというわけだな、意気地がねえなあ、口と足は達者だが、肝っ玉ときた日にはみじめなものだな」
 不破の関守氏からこう言ってからかわれたので、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百は躍起となって、
「いや相性《あいしょう》がいけねえんですよ、とかく、犬てえ奴はがんちゃん[#「がんちゃん」に傍点]の苦手でげしてね」
「そうだろう、犬に吠えられるような人相に出来ている。今のあの小男を見たか、あれは人徳を持っているから、犬もおのずから懐《なつ》いて、一見旧知の如く、彼が走れば犬も走る、貴様は臭いをかいだだけで吠えられる、つまり、人格の問題だよ、人徳の致すところだから是非もない、ちと見習い給え」
「冗談《じょうだん》じゃございませんよ、犬に嫌われたからって、人徳がどうのこうのと言われちゃあ埋《う》まらねえ、がんちゃん[#「がんちゃん」に傍点]儀は犬には嫌われますが、年増《としま》や新造《しんぞ》には、ぜっぴ、がんちゃん[#「がんちゃん」に傍点]でなけりゃならねえてのが、たんとございますのさ」
「馬鹿野郎――それ、涎《よだれ》を拭いて。その手紙を濡《ぬ》らしちゃいかん」
 かくして不破の関守氏は、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵の手から一通の手紙を受取って封を切り、それを読み読み住居の方へ歩いて参りますと、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百も、笠を取り、ござを外《はず》して、それについて来る。
「なんにしても、どちらを向いても百姓一揆《ひゃくしょういっき》てんで、たいした騒ぎでござんしたよ、その中をいいかげん胡麻《ごま》をすってトッパヒヤロをきめ
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