す。
十五
米友が躍起となって、ねちこちしているところへ、不破の関守氏が現われました。
「友造どん、何をしている」
「犬を放してやりてえんだよ」
「よし、解放してやる」
不破の関守氏は近寄って、これは手に入ったもので、難なく鍵を外すと、豪犬が尾を振ってつきまとい、或いは人間の上を高く越えたりなどする。
「このお犬係りはおいらが引受けた、犬をならすには上手に放してやらなくちゃならねえ、犬は食い物より運動だ」
と米友が言いました。この男は、お君と共にムク犬を仕立てることに、永らくの経験があって、そうして成功している。犬は訓練をしなければもの[#「もの」に傍点]にならない、これを野方図にしないためには繋縛をして置かなければならないが、これを強健にするためには解放しなければならない。食物はむしろ第二、第三であることを知っていた。犬は食うことよりは、走ることを本能として先に要求していることを知っている。そこで、この繋がれたる豪犬を見ると、いちずに放してやりたくなった。放したところで、放された人を犬は忘れない、放した人もその責任として、放された犬の面倒を見てやらなければならない。犬を走らせるにしても、これを監督するの責任は人にある。そこで米友は、この犬を走らしめつつ、自分も少し走ってみたい気持になったのです。
不破の関守氏は、そのことを知っている。米友が犬を愛する性癖を、胆吹山時代から知っていて、時あってムク犬の昔語りを聞かされたことを覚えているから、そこで、この犬を解いて、しばらくこの男に無条件で托してみる気になったのです。
「君、珍しい犬だろう」
「全く珍しいよ、犬もこうなると猛獣だね」
「いや、いかに大きくても、やっぱり家畜は家畜だよ、人間に依存して生きるものだ、だが、依存される人間が位負けをすると、もの[#「もの」に傍点]になるものももの[#「もの」に傍点]にならない」
「その通り――」
と米友は得意気に叫ぶと共に、
「何て名なんだい」
「電光――デンコウという名だよ」
「デンコウか――デンコウ」
と米友は、その名を呼んで頭を撫《な》でてやりますと、犬が尾を振って躍《おど》り上る。かわいそうに、この犬が躍り上ると、米友を抱きすくめてしまうから、抱きつぶしてしまうおそれ[#「おそれ」に傍点]がある。
不破の関守氏はこの体《てい》を見て感心して
前へ
次へ
全201ページ中28ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング