に異存のありようはずはございません、宜《よろ》しきようにと、あっさり返事を致しました、そうしますると、では、その養子に就いてお前に何か希望条件があるかと、父がたずねましたから、いいえ、希望などは更にござりませぬ、そんなのがあるくらいなら、疾《と》うに私から推薦を致すなり、私自身が引きついでしまうなり致します、左様なことには一切白紙でございます、と父に向って申しました」
「それは、理非はとにかくに、あなた様らしい御返事でございました」
「しますとね、父が、よろしい、では、こちらのめがねで、しかるべき人を見立て、それに藤原家一切を引渡してしまっても、後日に至ってお前の文句はあるまいなと、駄目を押しますものですから、ええ、文句や未練などがあるべきはずのものではない、お父様のおめがねに叶《かな》った人がありますならば、御存分になさいませ、私はそれを喜んでお祝い申して上げますと申し上げました」
「なるほど、それも、まったくあなた様らしいお気持であり、あなた様らしい御返事でございます」
「その次に、財産の話が出ました、父が、念のために藤原家の現在の財産――土地家屋から、金銀宝物に至るまで、総計これだけあるから、念のために覚えて置くがよろしいと、番頭にその記入帳を取り出ださせ、それを私につきつけて説明をなさろうとしますから、私は、いいえ、すでに家督を抛棄したものに、何の財産の知識が要りましょう、捨てた本家の財《たから》を数えるような未練な心はさらさらない、その計算はお聞き申しますまい、その代り、評議で定まった最初から私のいただくべきものになっていた部分だけを、私にお頒《わか》ち下さればそれで充分です、それだけは私がいただいて、自由に使用させていただきましょう、それにしまして、家督を顧みぬ親不孝者には、それも相渡されぬということならば、一文もいただかなくとも結構です、万事、お父様のお心持次第――とこう申しますと、よし、わかった、と父が申しまして、別に用意を致して参りました一冊を、改めて不破の関守さんと、お角さんの手に渡しました――それで、キレイに万事の解決は済みました」
「それは、あなた様は済んだとお思いでしょうが、お父様は、この解決に、容易ならぬ不本意でございましたでしょう、でも、それよりほかになさりようのないお心持が、わたくしにもよくわかります」
「あなたには、父の心持はよくわ
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