、自分にも召使の分限だ――という主人気取りは多分に残されてあるが、さて、この女に対すると、どうも一目を置きたがる。我儘《わがまま》一ぱいを仕つくしても、この女がおこらない、姉気取りで自分を抱擁しようとするところに圧迫を感じながらも、よし、思う存分にこの女を虐待しても、女がおこらないし、また自分が、どんなに他の女狂いを働いてみたところで、この女は笑っている。姉として、自分の放蕩《ほうとう》を叱るようなことはついぞ一度もなかったが、いろいろの女狂いも、こっちが飽きたり、向うが逃げたりしているうちに、最後までこの女は、自分の面倒を見る。自分をあやなしきって、切れも離れもしないところが乙だ。
 妙なもので、こんな我儘一ぱいに振舞える相手だが、自分が女狂いをする時は忘れてしまっているのに、この女が、ちょっと外へ出たり、また外泊なんぞをした場合には、神尾の心頭が異様に乱れ出して来るのである。それが近ごろは、だんだん嵩《こう》じて来た。お絹が水性《みずしょう》であることは万々承知で出してやりながら、あとに残された時に、神尾の胸が怪しく騒ぎ出して来るのです。
 なあに、親爺の寵者で、うちの召使なんだ、おれのいろではあるまいし、おれもまずほかに女がいないではあるまいし、あいつに惚《ほ》れてもなんでもいるんではないが、いなくなると心がいらいらする、焦《じ》れて焦れてたまらない、しまいには血の気が頭に上って、「浮気者にも程がある、明朝帰って来たらただは置かぬぞ」という、物すごい気分にまで上ずって来ることもあるが、さて、朝になって帰って来て、「ねえ、あなた」なんぞとやられると、神尾の頭へ上った血が不思議にグッと下ってしまう。骨までぐんにゃりとされるような重し[#「重し」に傍点]がのしかかって、神尾は自分ながら、その甘ったるさ加減に腹が立つ。帰ったらブチのめしてもくれよう、次第によっては、親爺になり代って刀の錆《さび》にまでと意気ごんだものが、だらしない格好で、すましこんで、「ねえ、あなた――」とやられると、自分はどうにもはや、昔の「お坊ちゃま」にされてしまう。硬《かた》くて歯が立たないならいいが、搗《つ》きたての餅のように軟らか過ぎて歯が立たない。その度毎に、神尾は自分を歯痒がったり、腑甲斐《ふがい》ないと自奮してみたりする気になるが、さて面と向うと、どうにもならないのが癪《しゃく》だ。

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