然だが、勝家が近畿にいたら、あんなことはありますまい」
 こんなことを語り合って、いざや両々、これでお別れという時に、青年が、
「僕、お別れに詩を吟じましょう、今のその渝州《ゆしゅう》に下るを一つ……」
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峨眉《がび》山月、半輪ノ秋
影ハ平羌《へいきやう》、江水ニ入《い》ツテ流ル
夜、清渓ヲ発シテ三峡《さんけふ》ニ向フ
君ヲ思ヘドモ見ズ渝州ニ下ル
[#ここで字下げ終わり]
 青年は高らかに、その詩を吟じ終ったが、自分ながら感興が乗ったと見えて、
「もう一つ――陽関三畳をやります」
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渭城《ゐじやう》の朝雨、軽塵を※[#「さんずい+邑」、第3水準1−86−72]《うる》ほす
客舎青々《かくしゃせいせい》、柳色新たなり
君に勧む、更に尽せよ一杯の酒
西の方、陽関を出づれば故人無からん
[#ここで字下げ終わり]
「無からん、無からん、故人無からん」を三度繰返された時、誰もする別離の詩ではあるけれど、今日の兵馬の魂がぞっこんおののくを覚えました。
 さて、と二人は立ち上りました。
 ここで二人は、近江と越前へ、おたがいにまだ手に持って、頭に載せない取交わせの笠を手に振りながら、姿の見えなくなるまで、さらばさらばと振返り振返り別れました。
 別れた後、兵馬は、この好青年にあらぬ使命を持たせたものだ、福井へいたりついて、尋ねる主を発見した時、この青年の驚異のほどが思われる。驚異はいいが、からかわれたと憤慨して、相手に当り散らされても困る。だが、あんな磊落《らいらく》な青年だから、相手が相手と知っても、一時はおやと驚くかも知れないが、すぐに打ちとけてしまって、さっぱりとあれを渡して、あの女からお礼に御馳走でもされて、かえって痛み入るというところだろう――とにかく、兵馬としては座興でもなし、遊戯気分でもなし、無邪気の青年をからかうような気分は少しもなく、むしろ、何か一片の真情が、脈々として心琴をうつものがある。
「忘れられない」
 うつつ心に、こう言って、近江へ下る足がたどたどしい。
 ほどなく近江へ出て、中の郷、木の本、はや見から長浜へ――長浜へ来て、兵馬は計らずも見のがせないものを認めてしまいました。
 それは、長浜の岸を飛ぶ一人の急飛脚――ただの飛脚ならばなんでもないが、その足どり、身のこなし、たしかに見覚えのある、それは、がんりき
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