馬谷へおっこち[#「おっこち」に傍点]なんて、仏頂寺がいたらヒヤかされちまいますわねえ」
「変な名だ――これが越前の国とは思わなかったよ」
と言って、兵馬は携帯の地図を取り出して、ひろげて見ているのを、福松がのぞき込んで、
「加賀へ出る道が、すっかり塞《ふさ》がれてしまって、越前へ送り出されたというのも、何かの縁なんでしょう、いっそ、金沢をやめて福井へ行きましょうよ、福井にも、たずねれば知辺《しるべ》はあるわ、福井から三国港《みくにみなと》へ行ってみましょう、三国はいいところですとさ」
福松はもう、落ち込んだところが住居で、思い立つところが旅路である――そういう気分本位になりきっているが、兵馬はそういう気にはなれない。
「図面で見ると、ここに相当大きな川がある、これが有名な九頭竜川《くずりゅうがわ》の川上らしい、すると、この川に沿って下れば、三国へ出るのだが――」
「三国、いいところですってね、北国にはいい港が多いけれど、三国は、また格別な風情《ふぜい》があって忘れられないって、旅の人が皆そいっていてよ……」
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三国小女郎
見たくはあるが
やしゃで
やのしゃで
やのしゃで
やしゃで
やしゃで
やのしゃで
こちゃ知らぬ
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福松は口三味線を取って唄《うた》に落ちて行きました。
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いとし殿さんの矢帆《やほ》巻く姿
枕屏風《まくらびょうぶ》の絵に欲しや
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「三国の女はとりわけ情が深くって、旅の人をつかまえて放さないって言いますけれど、わたしがついていれば大丈夫、三国へ行きましょうよ、北国情味がたまらないんですとさ。そうして、飽きたら金沢へ行きましょう――でなければ船で、三国から佐渡ヶ島へ――来いと言ったとて、行かりょか佐渡へ、佐渡は四十九里、浪の上――って、佐渡の女もまた情味が深いんですってさ、男一人はやれない。佐渡に限ったことはないわ、あだし波間の楫枕《かじまくら》――行方定めぬ船の旅もしてみたい」
兵馬は、相も変らず浮き立つ福松の調子に乗らず、
「どのみち、一旦は福井へ出なければなるまい、福井へ出るには……モシ、山がつ[#「がつ」に傍点]のおじさん、ちょっとここへ来て見てくれないか、紙の上で道案内をしてもらいたい」
宿の山がつ[#「がつ」に傍点]を呼ぶと、松脂《まつやに
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