りそめながらこの辺へ、そう貴重品をむやみに持ち込む関守氏でもない。胴巻とは言いながら、小出しの胴巻に過ぎないので、被害は案外軽少であったために音《ね》を上げなかったのかも知れない。
とにかく、的確にこの場で胴巻が紛失したのだが、関守氏は何食わぬ面《かお》ではない、何盗まれぬ面つきをして、自分の部屋へ戻って来ました。
部屋へ戻っても、あえて人を呼んで帳場へかけ合うでもなく、全く以て、あきらめてしまっているらしい。
そこへ、お宮さんが熱いお酒を一本持って来ました。今日も出歩きの道中を少々物語ってから、お宮さんのお酌《しゃく》で一ぱいを傾けながら、不破の関守氏が、
「お宮さん、ここの風呂場の若衆《わかいしゅ》は、ちょっと乙な男だね」
「三蔵はんどすか」
「三蔵というのかね、名前はまだ知らないが、なかなか如才なくて、第一腕が器用だ」
「三蔵はん、このごろおいでやはったが、取廻しがよろしいので、なかなか評判ようおます、腕が器用とおっしゃいますが、あんた、あの片一方でな、米搗《こめつ》きから、風呂焚き、流し、剃刀使いまで細《こま》やかになさりますから、みんな感心しておりますのや」
「ははあ、
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