甘いんですね、ですが、その通り、あの人なんぞは本当に哀れむべき人で、憎むべき人ではありませんよ」
「よくおっしゃって下さいました、お豊は憎い女じゃありませんね」
「憎いものですか、あなたのために死んで上げたのも嘘じゃないのです、一人は死に、一人は助かったのも当人の了見じゃありません、運命のいたずらというものです」
「そうかも知れません、人間の力ではどうにもならない――まして、あの気の弱いお豊さんの力などで、この運命の大きな力というものがどうなるものですか、お豊を憎むことは、やめましょう」
「それがよろしいです、あの人は憎める人ではありません、憎むとすれば、憎んでも憎み切れない人が、まだほかにいくらもあるはずです」
「誰を憎んだらいいでしょうね」
「まず運命のいたずらを憎みなさい」
「憎みます」
「その次には、大和の国の三輪の大明神のいたずらを憎みなさい」
「え」
「三輪の大明神の神杉が、お豊さんをあやまりました」
「滅相な、神様を恨むと罰《ばち》が当ります」
「それでは机竜之助を憎んでおやりなさい」
「憎みます、憎んでも憎み足りないと思いますが、残念ながら、今のところは歯が立たないので
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