時に自分もこのくらいに書けるか知らと僻《ひが》んでみたまでなのです。床の間の傍らに、仏壇とも袋戸棚ともつかない一間があって、そこに一体の古びきった彫刻が控えているということは、この室へ入った最初の印象で受取りきっていましたから、今更どうのというわけではありませんが、あれが小町の本当の姿か知らんとお銀様は、その瞬間に感じていたのです。
その彫刻は二尺ばかりの木彫の坐像で、一見しょうづかの婆《ばば》とも見える姿をした女性が立膝を構えている。おどろにかぶった白髪と、人を呑みそうな険悪な人相と、露《あら》わにした胸に並んで見える肋骨の併列と、布子《ぬのこ》ともかたびら[#「かたびら」に傍点]ともつかない広袖の一枚を打ちかけた姿と言い、誰が見ても三途《さんず》の川に頑張って、亡者の着物を剥《は》ぐお婆さんとしか見えないのでありますが、辛うじてそれがしょうづかの婆さんでないことから救われているのは、片手には筆を持って、垂直に穂先を下に向けた一方の手は薄い板っぺらのような物を持添えて立膝の上に置いてある。その薄っぺらな板のようなものが短冊《たんざく》というものであることを認めることによって、このお
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