面見知《かおみし》りであるらしい相手で、すっかり納まり込んだ関守氏は、玄関に腰うちかけていい気持で草鞋《わらじ》の紐《ひも》を解く。
 それにしても、今日は関守氏、ことのほか艶福の日と見えて、走井の水をたずねた時は花売りの乙女――寒雪画伯の別荘で名所を見せてくれたのが極めて尋常ながら、これも年に於ては不足のない妙齢の処女、こんどこのところへ来て見ると、現われたお宮さんがすごいような丸髷の大年増ときている。しかも、それも双方相当の前知ということであってみると、穏かでない。だがしかしここに現われたお宮さんは、富山家《とみやまけ》の令夫人としては少々凄味が勝ち過ぎているし、ここを訪うて来た関守氏は、貫一君としては少し白髪が有り過ぎる。まずまあ、これも安心して置いてよろしい。

         十一

 長安寺の小町塚の庵《いおり》に残されたお銀様は、決して、しかく緩慢にして悠長なものではありません。お銀様は憤《いきどお》っている、いかにして何物を憤っているかということは、前巻の終りに次のように記されてあったはずです。

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「胆吹の御殿ではお銀様が憤っている。
 お銀様
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