のように納まっておりました。
 昨夜、お銀様をここに納めて置いてからの不破の関守氏は、胆吹から率いて来た一僕を召しつれて、忽《たちま》ち市中郊外のいずれへか姿を消してしまいました。
 ここにお銀様の当座の庵は、関寺小町《せきでらこまち》の遺跡だということですが、それは確《しか》とした考証があるわけではありません、小町の晩年が、関寺にロマンスを残すのは、小町らしい時とところとを得たものであるが、史実としては、どの辺まで真実か、それはわからないが、小町と関寺とは切っても切れない余生の道場として残されているから、しかるべきところへ、しかるべき土を盛りさえすれば、それが小町塚になり、しかるべきところへ、しかるべき庵を結びさえすれば、小町庵となるべきものです。お銀様がいま納まった庵も、小町をいただくにふさわしい形勝の地でないということはありません。
 形勝というよりも、第一、便利なことです。土地柄が町とは離れているが、街道とはさのみ遠くはない。高観音《たかかんのん》の右に当って、当然、地は長良山《ながらやま》の一角で高層を成しているだけに、市中並びに人馬の喧噪からは相当隔離されているし、そうかと
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