躍が許されないところに、清新があり得ようはずがない。意気|溌溂《はつらつ》たる青年は、その意気の溌溂を、どこに行ってもハケ口を見出すことができないから、滔々《とうとう》として不良に堕《お》ちるよりほかに行く道がない。その硬なるは喧嘩と遊侠に鬱屈を洩《も》らし、その軟なるは花柳に放蕩《ほうとう》するよりほかに行き場所がないではないか。
うんで、つぶれて、腐りかかっている徳川末期の泰平の空気――なるほど、西南で又者が騒いでいるというも無理はない。事実、これは何とかしなければ仕方がない。この時代を何とかしなければ仕方がない。この自分を何とかしなければ仕方がない。
それでも、勝のおやじは、息子という傑作を残したけれども、おれのしたことは放蕩が放蕩を産んだだけだ。
何とかしなければならない。
神尾主膳は今更、身に火がついたように身ぶるいをしました。
神尾主膳には、特に尊王佐幕のイデオロギーがあるわけではなく、世道人心に激するところがあるというわけではないが、何ぞ知らん、やっぱり時代の潮流の圧迫というものを身に受けているのでありました。持って生れた、なにがしかの血性というものが、磁石に吸
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