たよ。
刀は侍の大切のものだから、よく気をつけるものだが、刀は関の兼平《かねひら》だが、源兵衛へ貸した時、鍔元《つばもと》より三寸上って折れた、それから刀の目ききを稽古した。
この年、兄きと信州へ行ったが、十一月末には江戸へ帰った。源兵衛を師匠にして、喧嘩のけいこを毎日毎日したが、しまいには上手になった。
暮の十七日、浅草市へ例の連れで行ったが、その時、忠次郎が肩を斬られたが、衣類を厚く着た故、身へは少しも創《きず》がつかなかったが、着物は襦袢《じゅばん》まで切れた、その晩は知らずに寝たが、翌朝女が着物を炬燵《こたつ》へかけるとて見つけて、忠次郎の親父へそう言った故、おれも呼びによこしたから、番場へ行ったら忠之丞が、三人並べて、いろいろ意見を言ってくれた、以来は喧嘩をしまいという書附を取られた。この忠之丞という人は、至っていい人で、親類が、聖人のようだと皆々こわがった仁だ。
翌年正月、番場へ遊びに行ったら、新太郎が忠次郎と庭で剣術を遣《つか》っていたが、おれにも遣えと言う故、忠次郎とやったが、ひどく出合頭に胴を切られた、その時は気が遠くなった。それより二三度やったが、一本もぶつこと
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