で走って行くくらいですから、昨宵の霧も、昨晩の霧も、同様の整調で破って来たと見なければなりません。
そんならば、同じように、この竹生島めざして舟がかりをするかと見ればそうではなく、霧が破れようが、夜が明けようが、急ピッチは変らない。名にし負う竹生島もよそにして、漕ぎ行くことは矢の如く、その行手は、ちょうど、夜明け前に平面毒竜が盃《さかずき》を追うて流れた方向に向って急ぐのですから、めざすところは湖中の何物でもなく、湖岸のどの地点にかあるのでしょう。
急ピッチで、竹生島の眼前を乗打ちをしながら、さいぜん船がかりをしたばっかりの、伊太夫の大丸船《おおまるぶね》を朝もやの中から横目に睨《にら》んで、この早手の中の一人が言いました、
「あれが百艘《ひゃくそう》のうちの一つなんです、あの船が、木下藤吉郎の制定した百艘船の一つなんです、今はすたりましたが、一時はあの大丸船でなければ、琵琶湖に船はありませんでした、船はあっても、船の貫禄がなかったものです」
こう言って、相対した一方の人に向って説明をしますと、その相対していた一方の人というのが無言で頷《うなず》いているのにつけ加えて、
「竹生島
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