されず、また齎される遑《いとま》もなく、取巻子は幾度か同じような場所で、同じような情景を見せられることに奇異の感情を加えただけで、何が何やら煙に巻かれているような事体のうちに夜が明けなんとしました。
 夜が明けかかると、今までの霧にこめられた湖面の白さとは性質を異にした、光明を含んだ白さが湖上に流れ出したと見ると、それにつれて、ようよう霧も亡び去って行く。霧の晴れ間を湖水がひたひたと侵略して行って、夜が全く明けた時分に、船がピタリと停った前面を見ると、もう竹生島の全面が行く手にうっすらと、墨絵がにじんだように浮んでおりました。

         七

 朝まだき、伊太夫の大船が、竹生島の前に船がかりしてまだ動かない先に、一隻の早手《はやて》がありまして、これは東の方から真一文字に朝霧を破って走りついて来ました。走りついたというけれども、伊太夫の船に向って走りついたわけでないことは、その来《きた》るところの方向が全然違っていることでもわかる。たとえば、伊太夫の船が大津を出でたとすれば、この早手は、その反対側の長浜方面から走って来たものであることは確かです。そうして朝霧を破って、なお急調
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