おったが、それより聖堂の寄宿部や、保木巳之吉と佐野郡衛門という肝煎《きもいり》のところへ行って、大学を教えてもらったが、学問は嫌い故、毎日毎日、桜の馬場へ垣根をくぐりて行って、馬ばかり乗っていた。大学五六枚も覚えしや、両人より断わりしゆえ嬉しかった」
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先生から見放されて、嬉しかったという奴もなかろう。こういう出来の悪い奴の子に、麟太郎のような学問好きが出来たのも不思議と、神尾が思って読みました。
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「馬にばかり乗りし故、しまいには銭がなくって困ったから、おふくろの小遣《こづかい》またはたくわえの金を盗んで使った。(そろそろ盗みがはじまったよと神尾がザマを見ろという面《かお》をする。)
兄貴がお代官を勤めたが、信州へ五カ年詰めきりをしたが、三カ年目に御機嫌伺いに江戸へ出たが、その時おれが馬にばかりかかっていて、銭金を使う故、馬の稽古をやめろとて、先生へ断わりの手紙をやった、その上にておれをヒドク叱って、禁足をしろと言いおった、それから当分うちにいたが困ったよ。
十三の年の秋、兄が信州へ行ったからまたまた諸方へ出あるき、おれのばばあ
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