れました。
 これが、当時評判の勝麟太郎の父親の自叙伝であるそうな。
 徳川の末世を背負って立つ男は、小栗か勝だろうと、かりそめにまでうたわれるくらいの人間と聞いて、これも珍しく神尾が勝のことを注意する気になりました。
 受けて見ると、その書の標題は前出の如く「夢酔独言」という。
 巻頭に書き添えた勝家の系図というのを見ると、神尾が軽蔑の気持になって、
「なあんだ、勝の先祖、元は江州坂田郡勝村の人、今川家に仕えて塩見坂に戦死、市郎左衛門に至り徳川氏に仕えて天正三年岡崎に移る――十八年江戸に移る、家禄知行蔵米合わせて四十一石、か」
 家禄知行蔵米合わせて四十一石、というところに神尾が憫笑《びんしょう》を浮べました。
 特に軽蔑したわけではあるまいが、そういう時に、冷笑が思わず鼻の先へ出るのがこの男の癖です。
 神尾の家柄は三千石でした。
「万治三庚子十二月卒百五歳――ふーむ」
 四十一石の高は軽きに過ぎるが、百五歳は多きに過ぎる。四十一石の小身は稀なりとはしないが、百五歳の長生はザラにあるものではない、と感心しました。
 その市郎左衛門時直から七代目で、左衛門太郎|惟寅《これとら》という
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