の剣術方の男谷精一郎(下総守)か」
「左様――彼、勝麟の父が、精一郎の弟になる。その親父《おやじ》について思い当ったよ、ほんとうに、それこそ箸にも棒にもかからぬ代物《しろもの》でな、それが晩年、何か発心して、いま君がやっているように、自叙伝を書いた、その写しを僕が持っているが、これはまた稀代な読物だ、こんな面白い本を今まで読んだことがない。面白いものを小説の稗史《はいし》のと人が言うけれど、あれは本来こしらえもの、大人君子の興味に値するほどのものではないが、勝のおやじの自叙伝に至ると、真実を素裸《すっぱだか》に書いて、そうして、あらゆる小説稗史よりも面白い、あの父にして、この子有りかな、古今無類、天下不思議の書物だ、参考のために君に貸すから読んで見給え、家に帰って、すぐに届けるよ、『夢酔独言』というのだ、実に何とも名状すべからざる奇書だ、あれを読むと、勝麟その人もわかる」
 悪食が口を極めて、推賞か示唆かを試むるものだから、神尾も、
「では、読ましてくれ」
と言わざるを得ませんでした。

         五十三

 その翌日、珍しくもよく約束を踏んで、悪食が、昨日約束の書物を届けてく
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