いてみているところだ、今は先祖の巻を書き終えて、次は父の巻にうつろうとしているところだ、第三冊が母の巻、それから自分の放蕩三昧《ほうとうざんまい》の巻――自慢にもなるまいが、まあ一種の懺悔《ざんげ》かね」
「せっかく大いにやり給え」
「懺悔にはまだ早かろうがな、善悪ともに書き残して置いてみることは悪くない――閑のある時分に、興の乗った時に限ってやって置くことさ、書いているうちに興味が出てくるよ。自分も早く学者になって置けばよかった、学問をして置けば、新井君美《あらいきみよし》ぐらいにはなれたろう、戯作《げさく》をやらせれば馬琴はトニカク、柳亭ぐらいはやれる筆を持っていたのを、今まで自覚していなかった、我ながら惜しいものだ。時に……」
 神尾主膳は、筆を筆架に置いて、投げ出すように、悪食家に向って言いました。
「徳川の天下も、いよいよ駄目だそうだな」
「は、は、は、おかしくもない、今ごろそんなたわごとを言い出すのは、君ぐらいなものだろう」
「徳川の天下が亡びた時は、日本の政治はどうなるのだ」
「そんなことはわからん、そういうことは永井玄蕃《ながいげんば》のところへでも行って聞き給え」

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