てもみな三十前後ですが、比較的年長の輿論《よろん》は次のようなものです。
「いずれにしても、新撰組全体を相手に取るとすれば、我々同志の少数を以てこれに当ること、勝敗の数はあらかじめわかっている、十死あって一生がないのだ、要するに死後に於てとかくのそしりを残さぬようにする用意が第一――甲冑用意も卑怯なりとは言わないが、一同素肌で斬死《きりじに》の潔《いさぎよ》きには及ぶまい。彼等が隊長を殺し、彼等が張番をし、彼等が注進をよこして来た、言語道断の白々しさではあるが、表面一通りの体裁を立てて来たので、戦闘行為を仕掛けて来たというわけではないから、これに応ずるにひとまず礼を以て受け、しかして後に従容《しょうよう》として斬死の手段がよかろうではないか」
一同が、この言に従って、素肌を以てこれに臨み、素肌を以て決死の応戦に覚悟をきめてしまいましたのです。
ひとり主張者の服部三郎兵衛だけは、ひそかに、一室に於て、身に鎖をつけ、その上に真綿の縫刺しの胴着を着たのは、覚悟の上に覚悟のあることに相違ない。
かくて以上七人が、打揃うて、別に一人の小者を従え、隊長の屍骸を収容して帰るべき一台の駕籠《かご
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