或るものはそれを改めて押葉とし、すでに押しのきいたものは取り出して台紙にはる。旅中では扱い兼ねる代物《しろもの》は写生にとって、図解と註釈とを記入する。牧野富太郎はだしの熱心を以て、道中、ことに胆吹の薬草の整理に取りかかっているのであります。
こういうことをさせて置けば、生活の空虚なんぞは決して寄せつけない。仕事に対する興味そのものもあるが、それが道庵先生の主義主張に合して、利用厚生の道に叶うと信ずればこそなのであります。すなわち、薬草を整理することは、本業の医学に忠実なる所以《ゆえん》であって、医学こそは自分の生存の使命である。直接には病人の脈こそ取らないが、この薬草を整理することに於て、間接には救世済民の業にたずさわっているのである、徒手遊食しているのではない、尸位素餐《しいそさん》に生を貪《むさぼ》っているのではないという自信を道庵先生に持たせることが、つまり、その生活を空虚から救って充実せしめる所以でありました。
「こうして、一日|作《な》している以上は、一日食う権利があるんだぜ、大口をあいて、この世の穀《ごく》を食いつぶしても恥かしくねえ」
と力みました。
実際、人は一心
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