って来ているが、それも押しっぱなしで、風入れもしてなけりゃ、分類もしていねえんだから、ひとつそれを一心不乱に片づけてみてえと思っているところさ」
「そういう研究をなさるには、至極結構なところでございまして、その上に便も至極よろしく、石段を下りますともう町屋でございますから……酒の通いもちょこちょこ[#「ちょこちょこ」に傍点]」
「その便のいいところが、老人には何よりさ、お酒の通いもちょこちょこ[#「ちょこちょこ」に傍点]というやつがばかに気に入ったねえ、お前さんも洒落者《しゃれもの》でうれしいよ」
「あ、は、は、はっ、はっ」
 そういうわけで、この先生が旅籠屋から移動せしめられたところは、つい一昨日までのお銀様のかりの住居《すまい》――小町塚の庵なのでありました。

         三十五

 道庵先生がこの庵へ移った時の庵と、お銀様が寓居《ぐうきょ》していた時の庵と、庵に変りはありませんが、中の意匠調度は一変しておりました。変らないのは、かのしょうづかの婆さんの木像のみで、書棚もしまいこまれてしまったし、算木《さんぎ》筮竹《ぜいちく》も取りのけられて見えない。「花の色は」の掛物も取
前へ 次へ
全356ページ中196ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング